ENTRY LIST

2018
06/13

私の戸倉地区の活性化の考えと厳しい現実


歴史的な「米朝会談」の開催された日に、南三陸町議会の6月定例会が初日を迎え、その一般質問の一番手として壇上に立った。
戸倉地区の急激な人口減と、戸倉団地の空き区画の問題があり、そんな中で陸前戸倉駅の再建の可能性と、自然環境活用センターの在り方を、佐藤仁町長に問い正した。
私の南三陸町志津川と戸倉に対する思いを語った。

一問目の結び…
●他の自治体では「復興は鉄路から」と、東松島・三陸沿岸や、福島でもその声を聴きます。
●高齢者の観光客の誘致には、鉄路は欠かせないと思います。昔ながらの、バスで多くの観光客の受け入れは厳しいと、観光で町起こしする方々は話しています。日本が高齢化社会となり、地元民なども「鉄路の復活を」との声を、今だに聞きます。町長には夢の鉄道の再建に残された復興10年の完遂の中に、将来への夢の鉄路再建の希望を、組み入れていただきたいと思います。

CIMG8164.jpg

二問目の結び…
●船による海中探索や、規模の小さな水族館、海の生き物を直接触れるなどの環境づくりを考えてみては、と町に提案します。
小さな子供たちを連れた若い夫婦が南三陸町を見に来てくれて、南三陸町戸倉地区の良さを感じて、移住へとつながれば最高と思います。提案いたしますがどうでしょう。
●ネイチャーセンターの整備に、場所の選定などの変更があるなら、
私の提案として、以前の予定場所の旧松原公園に、八幡川西側の防潮堤の整備を縮小し、土地の最低限の嵩上げをして整備をする。そして、国道45号を、堤防と道路の併用でとして、ネンチャーセンターの新築を提案します。港橋の架け替えと、高野会館の外交の整備で多くの観光客の、津波被災のジオパークとして、南三陸の海に直接触れ、津波の風化と伝承としての役目が果たせると思います。

3問目の結び…
●戸倉地区にある「南三陸・海のビジターセンター」は、国土交通省が管理をしています。「三陸復興国定公園」を全国に発信する、南三陸町を拠点としてあります。今年に開設した「石巻・川のビジターセンター」と一緒に、同じ職員が6名勤務しています。
●職員の方が話していた事に、「海のビジサターセンターなのに、施設から海が見えないのは寂しい」と話していました。また、「防潮堤の在り方を考え議論すべきでは」などの、町議会への注文も頂きました。海の良さを消してしまう事は、移住者の南三陸町への気持ちとしてマイナスとも話していました。
●南三陸町の他の地区にはない、国土交通省の施設ですので、情報発信や施設利用の予算は全て国から直結と思います。目標を年間1万人から10倍まで、町の施設との相乗効果で戸倉地区の活性化につながると思います。

(つづく)

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:29 】

2018
06/12

ひっそりと 華やかに


子供を親が守らないで誰が守るのか。
「じぶんからきょうよりか あしたはもっとできるようになるから」
この結愛ちゃんのフレーズに、私は心が震えた。
義理の父は我が子を愛し、連れ子に対し「鬼畜」のような牙を剥いた。
母は自分が捨てられないように、腹を痛めた子を見捨てた。
日本の母性愛や、侍的な仲間を守る意識よりも、自分の事しか考えない、そんな人間が毎日のように、テレビで沢山映されている。

幼児・児童の保護施設と警察が、もっと厳しく監視力を与え、子どもへのDVを防がないと、まだまだ子供達の悲劇は続くような気がする。

180611_074801.jpg
広島からの「愛の福袋活動」の皆さんは、交流会の翌日は陸前高田に行き、夜は気仙沼のサッカー少年と指導者との交流会を開催した。子供達への支援をこれからは力を入れたいと、代表の山下さんは話す。

昨日は南三陸町の子供達に、ベガルタ仙台の「佐藤寿人」選手を初めとする、仲間が来庁しサッカー指導を行った。テレビでは子供達の笑顔が広がっていた。

180611_121138.jpg
天皇陛下と皇后様が、福島の慰霊でフラガールを労った。被災地へのフラガールの「皆さんに元気を」と、歌津地区へも来町し、素晴らしい輝かしい「フラダンス」を披露した。震災の3年後ころだろうか。
陛下の被災地への慰問は今回が最後になると言う。両陛下もと体の不調を押しても、国民への労わりし慈愛を続けている。ありがとうと「日の丸の旗」を大きく振りたい。

米朝会談がシンガポールで開催される歴史的な事が今日起こる。こんな日に、再び町議員に当選し、3回目の一般質問をする。南三陸町戸倉地区の今後の事を町長と議論する。10年後に1000人以下まで減少となる予測がされ、震災前には2500人が、大震災でここまで減少すると、誰が予想しただろうか。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:50 】

2018
06/11

「移住者大募集」南三陸町


一昨日、出掛ける時に車のナビで「天国の楽園」を放送していた。大好きな番組で時々「人生の越し方」をこれを見て、夢に浸っている。この日の移住者が選んだ場所は「飯島町」で、私も一回、感謝を伝えに御邪魔した事を思い出す。東西の日本アルプスに囲まれた、素晴らしい風景に長距離運転も忘れさせる場所だった。都心からも近く中央道・関東横断道路を使い、2時間余りの場所と思う。

先月から長野県飯島町の「マジッククラブ」の代表の宮澤さんが、今年の7月に南三陸町に行きたいとの報告を受けた。
宮澤さんも長野県飯島町への移住者で、町で知り合った竹澤さんに畑を借り、畑で作ったジャガイモやネギを被災地「南三陸町」へ送ってくれた。この支援を7年間も続けた。「ありがとう、そして感謝です。」
今回から社協さんのお力を借りて、2カ所で開催する。歌津伊里前災害公営住宅の集会所(歌津中学校裏)で、7月16日(海の日)の午後5時から開催する。長野から朝発ち到着次第開催とする。
180611_065549.jpg
3年前は戸倉中仮設の集会所での開催は、午後3時開催を1時間以上も遅れ開催した。戸倉仮設の皆さんは苦情も言わず待っていてくれた。そんな事もあったのでこの時間とした。一人でも良いから講演をして交流をと宮澤さんは言う。

7月17日の2日目の公演は、志津川地区東団地の西工区の災害公営住宅の隣りにある、社会福祉協議会の施設「結の里」で午前10時30分から開催する。
「結の里」の周辺の災害復興住宅のA・B棟でのジャガイモやネギの配布は、大盛況だったことを思い出す。一回目の車に積んだ総てが無くなり、再度自宅に戻り配布し喜んでもらった。翌日はC・D・F棟では、総てが無くなり、お詫びを申し上げた。
長野県飯島町の宮澤さんからの野菜の支援は、被災した皆さんの再建の意識を削ぐと指摘され、私の取り組んだ昨年までの、我が社の受け皿の物資支援の配布は一端終わりとした。

今日は朝から降ったり止んだりのお天気で、父も気分が冴えないと言う。「梅雨入り」は今日からと、こんな日々が続く事となる。季節はいつもどおりの移り変わりが、自然を相手にする生活には絶対だ。今年は「暑い夏」を期待したい。



【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:28 】

2018
06/10

町の支援者と沼地宅の街づくりの取り組み


「南三陸町での家族が元の暮らしに戻るまで」と、広島出身の奥さんの頑張る姿に、何とかお手伝いをと「女性連合」の会員が活動をしてきた。
今回の活動の内容は被災地の現状と、これからの被災地の後継者育成について、教育関係者の皆さんとの交流会だった。「物資の支援から、心の支援を!」や、「南三陸町の子供達の活動が多く実を結んでいる」、「全国・世界からの支援で何とか子供達の活動をしているが、被災地の活動には資金面の支援が必要」など、現実的に何をしていけるのか、何が必要なのかを現場の意見の交流会を開催した。2時間の予定は1時間近くの超過となった。
来町された広島・山口・島根の皆さんの、被災地で感じた事や思いを、残す事無く発表する会となった。地元の教育関係者は、スポーツ少年指導や教員など、今回は4名の出席を得て13人の会となった。震災後の自分の置かれた状況での、被災した町と子供達の係わりを話した。あの日から「生き方考え方が変わった」が、参加されて4人にはあった。
180609_154309.jpg
こうした皆さんの話からも、震災復興の取り組む形を再認識した。私の身にも「震災風化」「町の再構築」の難しさを新たにした。しかし、人は可能性を秘めた動物、まして新しい命の可能性も秘め、前向きに努力を無くしてはいけない。
昨日は今年2月に女性連合の皆さんから頂いた、「広島からの千羽鶴」に庭のバラを供え、慰霊塔の清掃をし線香をあげた。
今日は「月命日」で、来町した皆さんも気仙沼鹿折フットボールの子供達と交流をする。

CIMG8641.jpg
今日は朝6時半から地区の清掃活動があった。「商工団地の会」「東浜団地の会」に別れての活動で、商工団地の会の清掃には、40名以上の参加を見た。総会員数は125世帯あり、みんなで地域を綺麗にと団結力がある。
7時半頃からは、商工団の入口の花壇の植栽活動をした。町庁舎・病院・アリーナまでの玄関口で、気持ち良く町に御出でになって下さる皆さんに、「綺麗な花の町」と喜んでいただく為の、沼田地区総出の活動です。
180610_064211.jpg
私のゴミ拾いは、入口からの直線道路には、ゴミと言う物は無かったが、植え込みの中などのビニールや、今回はタバコの吸い殻が多かった。室内での喫煙は厳しい中での野外でのタバコのポイ捨てなのだろうか。「タバコの吸い殻ポケット」は携行をお願いしたいものです。

今日は議会の資料整理と、仲間数名との情報交換会を予定している。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 11:08 】

2018
06/09

南三陸町の志津川を離れ故郷の素晴らしさを知る


南三陸町を出発する前に、黒崎パーキングから大好きな志津川湾の、朝日を5時に撮影した。

高知旅行は印刷組合「友好支部」の東大阪支部の人達との旅行だった。
考えられない田舎者の零細企業の私が、仙台~高知へ飛行機で行くなど、夢のまた夢の旅たった。招待での交流の締めくくりの意味を持っていて、6年間の支援に対しての感謝でもある。永谷支部長は下見と交流で、南三陸町へは気仙沼も含め9回も来ていると言う。常宿は「歌津コクボ荘」として、気仙沼へも支援の輪と、被災地の現状をと岩手にも足を伸ばした。
東大阪支部の皆さんにとっては「西南海トラフ大震災」での津波被害の発生襲来の確率は低い物の、日本国民の悲劇に寄り添う行動が、同業の被災地の支部を支援するにある。
私の会社は震災後に3人で経営しているが、印刷組合に入っている事で、全国の印刷組合から見舞金100万円、その後にも追加で見舞金を頂いた。機械設備で4千万もの設備が全て海の藻くずに消えた。こんな環境から7年3か月は、激動の我が人生だった。下を向き泣く暇も無かった。両親二人に他の人よりは少しでも震災で惨めな生活をさせないよう、両親の生活環境は、親が思うようにさせた。これも、千葉家の35年の津波から子供を守り、苦しむ事無く育ててくれた親への恩返しと思っている。来週から父は社協の高齢者の、いきいき生活の場所に行く。また少し我が家の生活の変化へと進む。一人部屋に居る事で、何もしない生活は百歳まで生かしたいとの願いに、「一人寂しく部屋にいる事ではない」と行動に移した。

高知市の駅前に巨大な観光案内所があった。坂本竜馬のキャラクターが来場者を迎えてくれた。飛行機の時間まで1時間の自由行動となった。高知の市町村の魅力が紹介され、高知は歴史と自然美が観光の中心と感じた。案内所は職員が着物で案内をし、その対応も優しさが満ち溢れていた。
私もその接客についつい「竜馬くん」と、ツーショットのピースサインで、祈念写真を撮る事ができた。普通なら絶対しない行動は、楽しい旅行のうきうき歓の成せる事だろう。

CIMG8571.jpg
今日は「広島の愛の福袋」で南三陸町の被災者に寄り添った団体が、交流会を明神崎荘で開催する。山口・広島から9名の皆さんが来町する。町からは私と同級生の志津川高校前校長と、町内の先生に参加してもらい、南三陸町の子供達の状況と、これからどんな支援が必要かを聴く、そんな交流会を開催する。震災後に生まれた一年生が今年から入学した。団体は町内の一年生全員にプレゼントを贈った。
被災者への寄り添いから、今度は遠くからながら、子供達を見守る活動へと全国からの支援は続けられそうだ。
昨日は来月の長野県飯島町のマジックでの交流会の、段取りを付けた。今回は歌津中裏の伊里前団地の集会所と、志津川地区の社協の施設「結の里」の二カ所で公演会を開催する。宮澤会長を中心に、7名の方が来町する。受け入れは支援は6年目になる。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:32 】


 TOP