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2018
04/22

南三陸町で今が旬の問題と食べ物


つづき
(東日本大震災対策特別委員会)の請願審査にあたり署名議員の一人として、請願採択への意見発表

高野会館の震災遺構の(請願)提案に、

震災後の観光協会の臨時職員の「使い込み」があり、その責任をとり、ホテルの副社長は会長を退任しましたと聴きました。それまでホテル内の朝市で開催され、町内の水産加工会社が出店していましたが、その後、石巻の水産会社が水産品を販売する等、ホテルと町の繋がりは希薄となり、この現在の相互関係が、ホテルの要望・請願への消極的な町の体制があると思っています。
外国人客の誘致でも、町は民泊を推進し、「観光立町」と言いながらホテルとの協力関係が、外国観光客の数も把握できなく、ホテルとの観光拡大への意見の交流も無いとき聴きます。
防災庁舎の遺構を町は「県有化」とし、県への丸投げで町の財産ながら、復興祈念公園の目玉として観光交流人口拡大を描いています。
大津波で被災した防災庁舎は、海水による塩害もあり、半永久的に残る事も無く、「町に一つの震災遺構」として、危惧しています。その価値として喪失を思い、もう一つの「震災遺構」として、高野会館を確保して置くべきと思います。
これから何年か最低限度の「高野会館維持費」の町からの支援と、環境の整備が観光客の事故発生を防ぐ事ができます。自治体に一つとの「震災遺構」の枠組みから、時間と共に基準が緩和され、自治体に「二つの震災遺構」との発信となれば、多くの観光客の呼び水ともなる気がします。
長期的な観点から高野会館の維持を考え、議会で請願の内容を精査し、「請願の採択」を希望し、同僚の議員みな様にも賛成して、採択して貰えますよう、私なりの提案をいたします。
長い目で高野会館を見守って欲しいと願います。 終わります。

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夏に向かいホヤが厚みを増し、「南三陸町の夏ホヤ」の旬がやって来た。
南三陸のホヤは震災後に、放射能の関係で「韓国輸出」が今も停止となっている。その為に過剰生産された物は、東電の風評被害で国が昨年まで買い上げていたが、今年からは買取を辞める事となったと聞く。
そんな事はよそに、ホヤのファンが年々増加している。被災地の問題解決の為に、多くの人達がホヤの販路拡大に頑張っている。
ホヤの刺身・蒸しホヤ・焼きホヤ・燻製ホヤがあり、女川のホヤ卵は絶品の風味があると感じ、女川に行くときはお土産として買い求める。
写真は町内の魚店で買った「蒸しホヤ」で、1パック350円と、この時期には格安で販売していた。
そのままでも美味しく、私は酢醤油にワサビを加え、ビールのツマミに今の最適の海の幸です。

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2018
04/21

気仙沼市と南三陸町


昨日は午前7時15分に気仙沼市に向かう。通常は大谷から裏街道を通り、50分以内で目的地に着く。この日は大谷から気仙沼市内までの、一部区間の「三陸道」の開通で、時間が「15分短縮む」との話ながら、余裕を持って出発した。

少しのラッシュの始まりながら、順調に本吉町の北まで来たが、そこから渋滞が始まっていた。ラッシュ時の為とは思うが、ここから大谷の三陸道入口まで、長―い「25分」の渋滞だった。普段なら7分ぐらいで通過する道路だが、この時間帯は避けた方が良い。結果的には「1時間」でね帰りは「47分」掛かった。三陸道と言いながら海の見えない高速道路、現在進む本吉地区と気仙沼の終点からは、海岸線の雄大な太平洋が見渡せる。あと2年待って頂きたい。
大谷「海洋館」から気仙沼市の「ルートイン」の手前までの区間だった。大谷道の駅・岩井崎・階上の45号の区間が、三陸道の延伸で今後通過する事は減少する。道路沿いの商店への来客の影響を懸念する。コンビニ、ラーメン店などは閉店する店もでるだろう。
気仙沼市の「大島架橋」の近くに。次のインターができると言う。その場所は「鹿折地区」で、大島観光の拠点となる事ので、現在チェーン店の建設や従業員募集が始まっていると言う。鹿折も海岸線は全てが津波で流失し、この土地での住宅再建は減少し、嵩上げの土地は「企業誘致」に格好の場所してある。「牛角」「餃子の王将」が出店すると聞いた。

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気仙沼市は現在、市長選と市議会議員の選挙中で、明日までの投票で「即日開票」、明日の夜には結果がでる。
市長選は現職と新人の一騎打ちで、二人の政策が「三陸新報」上で発表されている。市議会議員では3人のオーバーで、定数削減・人口減少・観光振興・高速道路対策など、多岐に渡り紙面で自己の政策を発表している。議員辞職勧告を受けた議員も立候補をした。この議員が当選となり、市民の理解・判断が選挙で明らかになる。定数24人に27人が立候補した。女性1人を含む新人6人が立候補した。選挙通は「危ない3人は判断できる。」と言う。45号沿いでは選挙カーでスクイスと候補者が舌戦を繰り広げていた。
我が町は議会議員選は無競争で、選挙による商店の活性化と成らなく、町の住民の政治意識の低迷を感じる。無競争は町の経済に何のプラスとはならない。町の衰退をこんな所からも感じる。

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(東日本大震災対策特別委員会)の請願審査にあたり署名議員の一人として、請願採択への意見発表

高野会館の震災遺構の(請願)提案に、  私なりの考えを述べさせて頂きます。

ホテルの持ち物である「高野会館」ですが350名余りの町民が、この建物の御蔭で助かりました。
南三陸町に於けるホテルの存在があり、ホテル側の建物の維持は優良企業ですが。維持費の大変さと、高野会館の周辺環境の整備は急務です。志津川地区の防潮堤整備の、堤防の基礎となる土利用があり、大きな残土山が幾つも周辺に並んでいます。
この状況の中でホテル側は、大震災の脅威を高野会館の姿を見せ、震災の伝承に務めています。「被災地の風化」の防止活動をホテルが、営業の元で自社の為として在りますが。その活動は全国の観光・政府機関が認めています。
また、ホテルは町民の雇用の場として、国内・海外からの観光客の受け入れの中心ホテルでもあります。震災時の住民の避難場所であり、仮設ができるまでの生活の一時避の場でもありました。
現在の高野会館の現地視察を提案します。

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2018
04/20

町の情報は「三陸新報」から


29年度末の南三陸町の人口は、三陸新報で情報を知り、ブログ・ツイッターなどに書き発信している。地区ごとの先月比の人口移動は、志津川地区が31人の減少となった。町内の銀行や派遣職員の転勤・移動などもある。自然死などで入谷地区13人、歌津地区33人の減少で、戸倉地区が1人増の動きによるものだった。中身は作業現場の作業員の移動や、高校生の就職なども、人口移動に関係していると言う。3月末の南三陸町の人口は「1万3141人」となった。

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しっかり御爺さんになっている。
三陸新報に広島の支援の受け皿で、教育委員会の阿部課長に、教育長室で新入学生への「プレゼント」の目録を渡す写真が掲載された。
68人の小学一年生に、広島・山口の企業や個人からの支援を、「愛の福袋」として、子供達に送った。「子供達はきっと喜んでくれた。」と思っている。今後も広島の団体への支援は続けていきたい。

母の三回忌は7月16日とした。8月の16日が命日で、八月はお盆の月で一か月前の、「海の日」とした。菩提寺の「大雄寺」で法要、引き続き「民宿明神崎荘」で供養会をする。会費生として一人1万円で計画している。これで親戚による千葉家としての我が家の集まりは終わりにする。と心で決めている。

8時15分までに気仙沼に到着するように、これから出かける。大谷から気仙沼の高速道の初乗りです。どんな風景が広がっているか楽しみ。

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2018
04/19

6か月が過ぎて


昨夜は「大盛ホイコーロ」で一杯とした。
給食センターの落成式には2個のキャベツをいただき、先週は知人と叔母が相次いで1個ずつキャベツを持って来た。新鮮採れたてと言う神奈川県の三浦半島の物です。最初の物は一個友達にあげて、後の一個は従業員にあげた。残りは冷蔵庫に半個が2つ入っている。
キャベツは足が速いのか、まだ1週間と言うのに痛み始めていた。外皮を4枚、悪い所をまた4枚と、だんだん小さくなっていった。
半分を全てホイコーロの具に入れた。柔らかくて美味しく、この量ながら「ぺろり」と食べられた。自分で作り食べる事は楽しいが、最近はおっくうになって来た。午後6時過ぎに台所に入ると料理をしたくない。どんどん冷食が溜まって行く。野菜をとらないといけない、乳製品を食べないと等、身体の状況を第一に考え食事をとっている。朝は何を食べようか。

ビールは年末年始のもらい物が今もあり、買わずに済んでいる。エビス・ビンタイプ・プレミアムがあったが、ビールが大好きになった「アサヒスーパードライ」が一番好きです。贈答品にはスーパードライをお願いします。ビールを一本飲めば「飯は食べない」としているが、昨日は食べた。体重「72.8」血糖値「170」、今日もまずまずの体調です。仕事に追われる日々が7日も続いている。気温も日に日に温かくなり、土曜日は好天でドライブ日和だ。南三陸町からの脱出です。

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仕事で志津川低地部にしばらくぶりで行った。慰霊塔に手を合わせ、営業所の中の花を整理した。「広島の千羽鶴」が凛とユニットの中に輝いている。広島の皆さんありがとうです。6月に広島の代表が被災地支援にまだ来てくれます。今度は気仙沼市大谷のサッカー少年たちに、支援をするそうです。

「あくまでもひっそくと! おだやかに!」。永遠にここにあり続けて欲しい。「ここが私の生まれた場所です。」と、最後に帰える場所と思っている。一片の骨でもイイからここの土に帰えれたら、と遺言でも書いておこうか。そんな場所です。

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2018
04/18

春なのに


昨日は仲間が「お花見会」の企画案内をくれた。しかし、今の私は「みんなと笑えない!」、そんな気分に今ある。昨夜の商工会工業部会の総会、町内の名だたる社長が集まっていた。意見を言う環境はそこには無かった。総代に手を上げたのは、「商工会の体制に物言いたい!」との気持ちながら、そんな雰囲気ではない事を肌で感じた。私の打算もあるが、知っている多くの会員が、工業部会からの脱会に、私も今期限りで脱会したい。なぜ? 何のプラスともならないからだ。これも私の中の「削除」に入れて置く。終活は今後も加速させたい。言いたいことは言ってから終わりにしたい。次は「契約会」に踏ん切りをつける。

春の花々が咲き誇っているのに、わたしの心は「小さな保身」へと突き進む。納得いかない事や、おかしい町の動きには自分なりの考えをぶつけたい。高野会館問題の「請願の審査」が20日に特別委員会が開催されるので、私の考えを今日まとめたい。町民が一丸となって言う事は、今の町の政権では無理である。震災後のホテルがあった事で、町民が津波から助かり、一次避難場所として活用され、その後の町への支援者の宿泊場所としての、ホテルの役割の大きさを町は忘れてしまったようだ。高野会館の存在は、他の被災地には無く、時間が経つとその保存の必要性は皆が解ってくる。

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三陸道は南三陸町の交通の玄関口となっている。登米市の東和地区米谷の「三滝堂サービスエリア」の設置建設は大成功だろう。
一年間が経過し、40万人の来客・売上6億円は想定を遥かに超えたものだろう。石巻の元気市場を計画した知人も、その人数・売上額に驚いていた。
道の駅を切り盛りするのは、食堂の3人職員と、食券機が在るだけで、店には2~3人のレジ打ち、品物は出店している事業所が並べる。あとはコンビニがあるので夜も深夜ドライバーが立ち寄る。車社会に即した環境を整えている。
南三陸町の商店街はそれから比べても、高速道路社会・高速車輸送社会の中で、「道の駅」役目を果たせるかと言うと、この面では機能の存続は難しいと考える。一部の人の事を考えた構想には、町民全体の利益と言う観点からもおかしい政策だ。

地元の工務店の建設の粋を結集した、道の駅建設で、地元の農水産品の発信・販路拡大として、町の発信場所となる事は間違いはない。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:37 】


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