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2010
02/08

人との交流


昨日は時間に追われた一日となりました。
 南三陸町の小学校綱引き大会で9時からの開会にあたり、8時30分には家を出て子供達の元気な姿と、それを見つめる親たちの声援に、朝から刺激を受けました。この寒さの中でPTA関係者の取り組みに感謝です。
 9時30分の高野会館での送迎バスには間に合わず、何とか歌津駅への巡回に間に合い、「気仙沼歌津会新年会」に参加しました。お酒を飲まないと場が持てないとの判断からで、本当は卑しいのかも?
 参加された30名の会員の方々と、来賓の30名の計60名がホテル観洋傘下の「気仙沼プラザホテル」に集まりました。新人の町議員として招待状を頂きました。6人の参加でしたが、私にとっては有意義な出逢い・刺激・交流の新年会でした。とにかく個性一杯の歌津出身の気仙沼在住の方々が多い事に感動しました。
 昔は多くの漁船の乗組員として、気仙沼の船会社に所属して生活の地を気仙沼でという方が主でした。現在は遠洋・沿岸とも気仙沼漁業会社は厳しい現状で、近年多くの関連会社の倒産となっている。若い会員がいないのはこの辺に起因するのだろう。
市長・町長・小野寺代議士・現県会議長・前県会議長など、本吉・気仙沼を代表する方々の集まりに、「気仙沼歌津会」の力を感じました。余興の「チンドン屋」に扮した会員の方のパホーマンスには、会場からの笑いの渦がやまなかった。祝い餅ならぬ「つまみ」の大判振る舞いに、心意気が会員の皆さんにはあり、高齢化の波にも若さの溢れる楽しい会でした。
 帰りの車中の歌津の阿部さん、歌津の高校時代の同級生のお兄さんでした。同級生は現在は裁判所勤務でしばらく前は沖縄へ単身赴任?との話を聞いた。現在は千葉県らしいがなかなか帰って来ないと言っていた。そして多くの親戚関係の繋がりに驚いた。TT.AYなどの三一会の会員達とも親戚だという。家族に兄弟が多いせいで、親戚も町内いろんな場所にいる。我が家は叔父叔母は現在2人だけが地元に残り、多くが関東にいて子供達も南三陸町から、他所に移り生活をしている。地元に親戚が多く住む、これが理想なのだが、「千葉家」は町の将来に貢献していない事を強く感じた。
 土曜日にはしばらくぶりで「悪友」の見舞いと顔を見にでかけ、2時間30分も昔話から現在までを、走馬燈のように語りあった。「歯に衣着せぬ」物言いは変わっていなく、保育所からの付き合いでたまに会うぐらいだが、地元にいても3年ぶり再会かもしれない。
 多くの仲間、人との出逢い・語らいは、自分の「肥やし」として続けて行きたい。
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