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2010
01/19

柔道剣道少年募集


今年の厳寒の中でスポ少の柔道・剣道の新春寒稽古があいついで開催された。
 中学校の新学習要項に「武道」が実施され、戸倉・志津川では柔道が、歌津では剣道が先行実施されている。24年からの全国一斉だがもう実施している。「我が町」の武道に対する昔からの取り組みは、現役場駐車場にあった「八幡神社」の境内での「すもう」があったと先人から聞く、剣道も奉納として盛んに行われた。
 こんな「我が町」の古来の伝統スポーツの継承が危機を迎えている。志津川地区の剣道人口の減少である。指導の後継者問題が根底にある。柔道の活動を見に行くと、指導者の多さに驚く。歌津の剣道も多くの指導者のもと、剣道への参加を広く呼びかけ、大きな大会結果もともない、活発な活動をしている。志津川の剣道はと言うと、志津川地区のスポ少休部、戸倉地区の団員不足と、大きな危機を迎えている。戸倉に剣道部がないのも終息の原因と私は考えるが、小学生の人口減少が既存の部活の維持で精一杯と、学校・教育機関は話す。
 「巨人小林のサイドスロー」が私の記憶にある。江川問題で阪神への電撃トレード、あまりにも衝撃的でこの理不尽さが理解できなかった。18・18・13勝と巨人の勝ちがしらを、「江川卓」欲しさに空白の一日を利用しての球団間の思惑が成功?その小林繁が57歳で急性心不全で亡くなった。「男らしさ!」を示し巨人との対戦ではトレイド後に8連勝、22勝を挙げた。もしも阪神江川となったら、江川はどうだっただろう?小林なくして今の江川はないだろう。小林の22勝もこの問題に発奮しての結果なのかもしれない?人生の「綾」なのだろう。大投手が現在日本ハム2軍投手コーチから今年1軍へと、ダルビッシュに「ダルなら22勝超えできる!」とタッグを組む姿が今年のペナントレースで見られたのに。江川の今後の野球界への貢献がもとめられる。
 巨人の桑田の父親が焼死した。67歳の若さである。少年野球の指導をし今年も子供たちに「お年玉」を全員に配ったという。妻とは離婚し野球と店の悠々自適に生活、店名は「18」で桑田の巨人の背番号である。桑田親子の日課は毎日のキャチボール1時間だという。桑田の最後の言葉にキャッチボールをしたかった!いつでもできると思っていると「孝行するときに親はなし!」となる。
 ふたつの死を自己と結びつけ、やはり「まだまだ」はない!今やらないとがまた募ってきた。
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