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2007
10/22

家族

 今日は母親の事を紹介します。
 母は隣り町の米谷出身で、我が町で今はない病院の看護婦をしていました。母も9人兄妹の長女だったと思います。大正12年5月生まれで父と同じ年に生まれました。
 父が戦争から帰って来て猛アプローチの末の結婚と聞きます。母の看護婦じだいは「美人で綺麗で!」とよくその当事を知る人から聞きますが?でもその頃は結婚するにもいろいろあり、しばらくは子供(兄・私)を連れて実家にたびたび行って気が記憶があります。我が家とて世間と同じく「嫁舅問題」がありその辛い母の状況を目の当たりにして、よく祖母・伯父をみて子供ながらに恨んだ事もあり、こんな状態は自分の時は作るまいと、堅く心に刻みました、私の結婚の辞めた理由もそこに有ります(相手より母への対し方が許せなかった)苦労した母を幸せに!と自分の生活の充実が、母の希望とかってに解釈しています。母は自分は2の次と云う人なのです。
 子供の教育は主に母で、仕事は父という我が家のスタイルで、その当事はそれが家族の形だったと思います。母からもらった愛を、母が「こうして・ああして・これして!」とはなかなかいわない人だから、母が望んでしたい事・してもらいたい願いは総て聞いてやるつもりです!!
ただ健康に関しての身体への悪い影響及ぼす事だけは、きつく注意します。認知も少し入ってきていて、母は最後まで私が面倒見たいとまもいます。ただ私の身体の続く限りですが。されだけが気がかりです!
                    (まだまだつづく)
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