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2020
01/17

悲しくもあり 楽しい生きている実感


三陸道から内陸に向かう「北部道路」の橋脚が建設中だった。そのとなりに登米市の葬祭会館があった。

仕事も充実し、私生活も落ち着いている。今日の父は調子が良いようだが、口癖は朝から「疲れる」だ。今日は病院の予約は午前11時、帰りは午後4時過ぎかな?

正午からの登米市の葬儀は、懐かしい従弟たちがいた。30年ぶりだろうか、嫁に行き旦那の両親を送り出し、今は年上の旦那の世話をしていると言う。私より4つ下ながら、苦労が白髪に現れたいていた。苦労を苦労と思わない「笑顔」があった。この日の葬儀の亡くなった叔母の教育の賜物である。
叔母は「家族葬」と孫が言いながら、多くの人達が集まっていた。日本赤十字への支援をしていて、弔辞が日赤として村井知事からもきていた。私の知らない赤十字への支援や、一般席から聞こえてくるのは故人を忍ぶ声ばかりが聞こえてきた。子供や孫たちに厳しい人間としての生き方を教え、祖母を亡くした孫たちは口々に当時の教えを今感じとっていた。優しいばかりが家族の愛ではなく、大人になって人として生きる礼儀を身に付けさせていた。
登米市米谷出身の母の教えに似ていた。厳しさと優しさを使い分けする、子供達への教育がそこにあった。
孫の弔辞に「おじいちゃんの元で静かに安心して見守って下さい。」の言葉に皆が涙していた。祭壇の前での沈黙は、大きな存在に気付き、もっと話がしたかったと言う。私が実践したい「ピンピンころり」を貫いた人生に拍手さえ送りたくなる。ありがとうございました。
震災後に両親の介護のなかで、両親より5歳年下の義理の伯母に出逢えたこと、多くの言葉をいただいた事、導いてくれた伯母に感謝です。


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