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2019
08/22

菜園の収穫が綺麗に



昨日は突然の携帯が鳴った。登録していない電話番号で、東京で母が看護婦をしていた「石母田医院」で働いていた頃の、昔の同僚だと言う方の孫さんからだった。
「祖母の事を知りたい」と、家族のルーツを調べたいようだった。祖母の遺品に働いていた仲間の「記念写真」に、千葉宮子さんの17歳の頃と言う写真があったと言う。是非送って欲しいとお願いし、快く送ってくれると言う。
お返しに私は登米市の叔母の義理の姉から情報を聴き、彼女に伝えたいと思っている。こないだ同僚の看護婦の一人が亡くなった。96歳で、私の母は「93歳」で亡くなり、もう一人の菊池さんの消息は分からない。
東京の石母田医院へは登米市の、米谷・浅水・米山など、この地から登米出身の先生と共に東京へ働きに行き、東京空襲で焼け出され、その後、旧志津川町で開業したが、昭和35年の5月の「チリ津波」で、医院は再度被災し、看護師仲間は地元で結婚し、志津川で生活していた。
母のルーツにまた触れるとは思ってもいなかった。

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また、友だちに助けられた。
震災前から、震災後に再建で来たのは、多くの以前からの仲間友だちと、震災後に出逢い御付き合いさせてもらっている人達に、思い起こすたびに感謝の気持ちでいっぱいだ。

今日は忙しい中で、健康第一の行動をとる。私がこうして楽しく生き仕事をしているのは、周囲の気遣いと、震災後に自分の命は自分で守る「自助」の精神が、日に日に強くなっているせいだ。



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