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2019
05/04

ホヤの料理に行列


「仙台散歩」は市民広場のホヤ祭りに行って来た。さすが連休で会場は身動きもとれない。ほやうどん・ほや焼き・ほやビザなど、多くのホヤの商品にまじり、ほや釣りもあった。岐阜県から来た人は「初めて食べたけど美味しい」と、もっと宣伝が必要と話していた。
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「ホヤブーム」はこれから、韓国が買ってくれなくても何とかしないと、ほや文化の継承を!


名取市閖上の「かわまちてらす閖上」に3日に行って来た。
4月22日に地域住民を招いてプレオープンした。名取川の脇に整備された商店街は、23店舗でスタートし、今後は27店舗の水産業者や飲食・物販の事業所が商店街に入る。
かわまちてらす閖上は、周辺には住宅地が震災前と同様に近い形で復興計画を進めた。気軽に周辺1Kも無い位で、地域住民が買い物に歩いて来れ、フードコーナーでは「たこやき」「とり唐揚げ」「カツ丼」など3店舗かあり、リーズナブルな単価で名取川の川風に、整備されたベンチで、ゆっくりと名取市閖上の商店街で、住民が時を過ごせる場所となっていた。
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南三陸町の「職住分離」は結果的にどうだったのか、検証が必要だ。石巻・気仙沼を見ても、3m前後の嵩上げがあっても、同じ場所での生活が成り立っている。陸前高田も当町と同じ大がかりな土地整備計画の中で、長期の期間が掛り、その間に住民が街を離れた人も少なくない。
先祖の土地への家族の愛着が、「換地」と言う都市計画整備手法により、土地への愛着と同様に「町の愛着」が希薄となり、多くの若い世帯は町での暮らしを断念した。今まで住んでいた世帯を地元に残す事を考えれば、結果的には高校生以下の子供達の将来を考え、若い世帯が町を離れた。

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町の計画は議会が承認し、町づくりが進められるが、震災の混乱の中で将来の住民形成が見えなかった現実もある。隈研吾氏の新しい町づくりには、商店の再生と被災土地の観光再生があっても、町の住民生活と言う「町の形成」の配慮までは欠けていたのかもしれない。どんなに綺麗な低地部の整備があっても、暮らす住民が大きく減少しては、町の将来は厳しい事への対策は、復興計画の会議の委員も配慮が欠けていた。やはり首長の責任は大きい。誰を見ての復興なのだろうか。
南三陸町の復興は国の被災地再生の、一つのモデル地域と感じ、国が描いた青写真であり、南三陸町の真の町の再生再建となかっていない気がする。

名取市閖上地区の整備手法から多くを学んだ。

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