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2019
03/18

南三陸町志津川字「大森橋」


志津川地区に完成した「大森橋」、渡った光景には昔の面影は何処にも無く、津波避難の高台に残った家があるだけ。

(10mの嵩上げ後)の大森地区、震災前は橋を渡ると100軒以上の町並があった。大森橋を本浜から渡ると、左側にパーマ屋さん・電気店・蒲鉾店・不動産屋さんがあり、右側には水産加工工場・酒屋・同級生の住宅・乾物店・水産会社があり、おどりの稽古場があった。
この道を真っ直ぐ行くと「大森住宅」があり、まさに津波非難場所がここにあった。チリ津波の時にはこの高台から、襲来した津波を見つめる地区民の姿が写真で残っている。
橋の下には「新井田川」、河川堤防は11mの高さで、以前土地は法面に変わった。何処を見ても昔の思い出は何処にも無くなった。この場所は「水産特区」として27億円が使われ、昨日見に行くと3軒の水産会社があった。3億から8億に国の支援があり、8分の1が自分の手出しで工場が整備された。凄過ぎる震災支援格差が南三陸町であった。

CIMG7274.jpg
震災前は歩いた事が無く、昨日は会社の営業所から、ぐるりと大森地区まで散策した。3000歩の楽しくもあり、発見多きウォーキングだった。45号沿いには農協スタンドが4月からのオープンだろうか。本浜側に新井田川沿いに工場も建設されていた。
この場所は住んではいけない土地であり、10以上の場所なのに住宅地としては、町は認めない。

今日から春彼岸、綺麗に会社の慰霊塔に「削り花・猫柳」を供えた。昔は新井田川の上流は小川だった。沢山の猫柳が群生していた。ホタル狩りにもいった。自然多き私が愛した新井田川はもうない。(合掌)

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