FC2ブログ

2019
01/20

南三陸町の昨年の人口減は「233人」


私のツイッターで戸倉地区の水戸辺川の周辺の風景を載せた。それから10日近く経つのに、いまだに「いいね」と「リツイート」があり、この辺に暮らしていた人たちの反応と思う。震災での流失した「門内」「上沢前」の集落は全てが無くなり、高台に土地に愛着の住民が1軒新築を果たしていた。
戸倉地区の地元民の菩提寺「慈眼寺」が、本堂の再建に向け檀家と共に頑張っている。しかしも、この地域は見渡すくらい家は無い、農地も見えるが、昨年は「南三陸ネギ」の実証栽培は、圃場した農地の水はけが悪く、生育は順調とはいかなかつたと言う。津波被災農地状況はまだまだ厳しいようだ。

昨年の南三陸町の人口が発表された。1万2987人で「223人」が減少した。出生は70人で死亡は217人で、自然減は147人だった。社会減は転入が343人に対し、転出が393人で「50人」が減少した。外国人減少の26人は何を意味するのかは、3年の出稼労働者の帰郷があり、今年度更なる外国労働者の入国が、政府の外国人雇用改革で、増加するのは南三陸町も同じで、労働力の減少は一時的なものと思う。事業所の経営戦略に外国人の確保は近々の問題としてある。

CIMG6568.jpg
戸倉地区を震災後から見てみたい。30年8月末のデータで、震災前は2433人が地区で暮していた。多くの死者を出し、23年3月末では「2296人」で、減少数は震災死となる。30年8月には1424人となり、「1009人」が減少し、震災後の減少は「872人」と、先が見えない地域の再生で、待っていられないと近隣市に移転したものと見られる。

昨年末の戸倉地区の人口の増減は、7人が減少し「1427人」と、通常の自然減の状況に戻った気がする。
南三陸町の昨年の各地区減少は、志津川が63人減、歌津が80人、入谷が71人と、地区の人口に対する減少率で言えば、これまで増加していた入谷地区の人口減が顕著に表れている。

人口減は一人当たりの「交付金」が国から支給され、被災地「南三陸町」は、被災地・過疎化への政府の対策費が、別の「特別交付金」として支給されている。


スポンサーサイト



【 未分類 | CO:0 | TB:× | 11:20 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP