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2018
11/22

大津波被害の町の津波防災体制 何も見えない

福島で火災があった。9人家族で6人が遺体見つかり、一人が不明という。61歳の父親と息子は助かった。人口減少の中で、火災が発生すると犠牲者は子供達が多い。4人の子供達の死は、残った御爺さん・父親にとって、一生の重荷として人生に圧し掛かる。

我が家も私が小学生の時は9人世帯だった。叔母たちは嫁ぎ、祖母と傷害の伯母は20年前後に相次いで亡くなり、母は震災から5年目に亡くなり、今は父と二人暮らしとなった。仕事でも剣道でも父の背中を見て生きて来た。父の手を上げる事は無く、母がその役目を追った。
父は私を可愛がり、二人の兄弟は新たな家族と暮らし、ある意味気の合う父と私の二人が一つの屋根の下で今を暮らす。これも運命と私は思っている。
そんな中で沢山の身内家族を私は送り出した、これも私の役割と、最後まで全うしようと、これからも生きて行く。

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国道45号をしばらくぶりで通過した。三陸道の延伸でストロー現象となり、登米市津山町の「もくもくランド」は、閑古鳥が鳴く。色々な観光客を迎える施設があったが、規模を縮小して「道の駅」の役割を果たすが、経営は大変だと聴く。
今年度には三陸道の「北歌津インター」が完成となり、私はストロー現象で、歌津の商店街の疲弊を予感している。しかし、商店は地区民の為に始めたと聴いている。「ハマーレ歌津」の精神が今後、地区民ならず観光客にも受け入れられる場所となるよう期待する。

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8.7mの防潮堤は必要ですか?
志津川の袖浜地区の防潮堤は、漁民の生活を一変させ、歩いて1分足らずの漁港までを、想像を絶する「壁」が、そり生活の習慣を奪った。おとなしい南三陸町の人間が、多い町と成り名下がった。諦めなのだろう!
ある役場職員の課長が2人、「何かあったら町の責任」「国の進めの津波崩壊計画」と、防潮堤整備についてメディオで話していた。
宮勤めとして、上からの計画・事業には個人的な意見が言えない事もある。

町民の防潮堤への意見は何もなかった気がする。将来に禍根とならないだろうか。志津川湾の湿地がラムサール認定となった。普段に何気なく見えた海の風景があった。海を見て、空を見て、風を読む。こんな漁民の生活があった。

あの津波で日々の生活が一新してしまった。



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