2018
06/26

あなたは高野会館、防災庁舎


高野会館で多くの高齢者が大震災の津波から命を救った。防災庁舎より遥かに高く、南三陸町の震災復興の状況が一目で判る。観光客への大津波の伝承の場としては、ここしかないと私は思う。高野会館の観光バスの流入の為に、橋と道路の整備は急務と感じました。町はそれは考えていないと言う。観光客を守れなくて、誰を町は守ると言うのだろうか。

貴方は将来への伝えるべき遺構として、多くの町民を守った「高野会館」と、43名の人か亡くなった「防災庁舎」で、どちらを伝えるべき震災遺構と思いますか。私は両方とも残す事はできないかと考え始めました。当初は亡くなられた家族に寄り添い、「防災庁舎解体」と主張していました。

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亡くなった被災者を「慰霊碑」に刻まない南三陸町はおかしな町です。何を震災遺構として残すのかも議論せず、防災庁舎を観光客を呼び込む道具にしか私には感じません。しかし、まだ震災遺構が決定はしていません。20年間の「県の所有期間」の間に考えて欲しいと県知事は言う。
亡くなった方への畏敬の念を決して忘れないように。鷹野会館は南三陸町への津波の脅威を伝えの場所であり、南三陸町の素晴らしい風景を伝えられる、見せる事のできる場所と再確認した。闇夜に押し寄せる何回もの津波に、暗闇で怯える、高齢の町民を救った「奇跡の場所」です。

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