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2018
05/08

直ぐに対応、ありがとう。


硬い物を控え、残っている左の歯で食べた、連休の後半4日間、普通に食べられる事に感謝し、朝は何を食べようか。

昨日は友人の歯医者の診察台に御昼前に座った。うがいの「コップ」はパンダ親子柄で、「欲しい」と看護師さんにねだり、新品を「持っていって」と頂いて来た。仮設の歯科診療所時代は、熊本地震があり「くまもん柄」で、その時も頂いて来た。あれからだから診察は2年ぶりかもしれない。「歯石で汚れていますね。」と奥様、一生動けるうちは御世話になります。
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治療が終わり現在の病院から、これまで住んで親しんできた「本浜漁港」を見た。10mの嵩上げの土地からは今は灯台は見えない。海を見ながら育った我が故郷はもうない。彼の仕事場も「大森」から「南町」と、震災前は予想もしない現在地で、生活の糧を続けている。

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市場の前にあったプレハブの商店が閉店した。震災前から大森地区にあった「大森屋」さん、震災前から震災後も、復旧復興や観光客の皆さんなど、地域の皆さんの買い物処として営業を続けていた。
連休に荒島パークから大森地区、そして本浜地区を廻り、連休の商店街を見て回った。以前よりは駐車場も狭くなり、45号の開通で新たな渋滞状況が生まれていた。

「焼き鳥おおもり」さんに寄った。フェイスブックやツイッターで「南三陸町の今」を発信続けている。今は「海岸食堂大森」とSNSで紹介していた。互いの近況を話し、震災復興の工事も減少し、「お客さんが少なくなった」と話す。現在の場所も年内中?と聴き、新たな方向での店の経営は厳しいと言う。
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町の衰退と人々の生活の低迷感がヒシヒシと伝わって来た。常連さんも多く、この場所に飲食店が無くなったら困る人達も多いと感じる。
町はこうした頑張っている人たちに手を差し伸べる事を忘れてはいないか? 昨日も東京から同級生が来て、会社に寄ってくれた。町を離れた人達への「心遣いがない!」と話す。町に居て行政の行動に日々目を凝らし、意見する人が居なくなった気がする。

昨日は歌津地区に「シロウオ」を買いに行った。サンオーレ歌津では売っていなかった。連日のテレビと新聞報道を見ていると、歌津の商店街に行けば買えると皆は思っている。しかし、商店街には置いて無く、時々「シロウオはありますか!」と私のような来客もあると言う。「おまつりには来て下さい!」と告げられた。

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