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2018
05/03

南三陸町の防潮堤


志津川地区の荒砥から袖浜へ向かう途中に平磯側を望んだ。3.11の大津波は川沿いの道路を乗り越え、民家を襲った。12m以上あった高台の家々までもが被災し、「浸水地域」に指定され、その土地には家が建てられなくなった。何とか津波から逃れた家は、海岸線にポツリポツリと寂しく点在する。被災地域の為に高台への土地整備で、地区民は移転し住宅再建した物の、多くがこの地区を去り新たな生活の場を、町内・町外へと寂しく移っていった。

県の地方の教育事務所が、志津川地区から気仙沼に移った。震災で県庁舎が被災し、これまで長年町に所在した機関で、今年?から「気仙沼教育事務所」と改名され、南三陸町・志津川の名前が消えた。我が社も仕事の恩恵を受けた、県税事務所・教育事務所・農業指導所・福祉事務所の全てが町から消えた。県の発注事業所は登録制となり、ネット入札への県の機関が事務業務の省力化へと変わった。以前のアムログ時代は終わり、県職員との「ふれあい」があり、温かい繋がりがそこにはあった事を、今は懐かしく時代の流れと痛感する。

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後3年間の震災復旧復興から発展期の10年間が終了する。しかし、被災地の現状は「防潮堤整備」は、まだ「30%」も完成には至っていないと言う。
昨日は「防潮堤をなおしています」との、工事説明看板を見つけた。こんな場所が被災地に少ないが「工事不良」「工事ミス」もある。気仙沼市では防潮堤の高さが20㎝も高く整備してしまった「ミス」があった。地盤の隆起があり、隆起した高さを防潮堤から引かなく、この整備で行くのかが気仙沼市では地区民と協議を重ねている。県工事で地区住民との議論がなされている。
総てがそうかと言うと、工事不良を公表しないままで、やり直しの補修工事が被災地にはある。建設会社のミスで会社が持つのかが、有耶無耶になっている気がする。再度予算化されての防潮堤整備は、人のすることでもあり、しょうがないでは済ませないが、復旧工事の遅延と工事費の増加は「国民の血税」の無駄遣いでもある。
防潮堤整備は10では終わらず、1年・2年と工期の延長と予測するが。町は「工期の期間に完成の努力をする」と説明をする。

写真は平磯地区から整備中の防潮堤を望んだ。千年に一度の「L2」の大津波が来たら、整備中の防潮堤は一たまりも無いだろう。平磯・深田地区に居た「酒屋さん」や私の親戚筋も今はもう居ない。2011年の大津波は町の継続の岐路の自然災害となるだろう。
5月号の町の広報誌には、「2040年の町の人口は6960人」とのショッキングな数字の記事があった。
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