2018
04/11

南三陸「桜だより3」 志津川東山


今年もこの場所から志津川市街地を望む。
「東山公園」は志津川地区のお花見の名所です。そして、町の変化を見つめていた場所でもあります。何回かの津波・大火も、この場所から見つめて来ました。東山神社と昔の幼い時は呼び、年を重ね「四宮神社」である事を知った。しかし、こんなにも大きな町の変化を、神様とて予想はしなかっただろう。そびえる志津川市街地を見つめているのは保呂羽の峰、「保呂羽神社」も海の怒りを鎮める事はできなかった。

東山公園は大震災のあの時、「避難場所」としての役割を果たし、多くの地区民を助けた場所でもあります。上り坂の入口の桜は津波で被災し、その後支援の桜が植えられました。まだ小さい若木が一生懸命に花を咲かせています。

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津波は自然災害であり、まだ町の姿はそこにはあった。震災復興と言う名の、人間の手が入り過ぎたように私は思う。自然(神)は、自然に手を加える事への人間に戒めを、数10年後に起こすだろうか。また、人間の知恵で住まいを確保をして行くのだろう。

震災復興は8.7mの河川堤防の建設と、10mの嵩上げによる「職」の場を、住まいのあった場所への形成を試みている。嵩上げは発災後の6年目に整備を終え、1年前に完了したものの、企業誘致は大変厳しい中にある。人口減少と若者の流失により、25年後は65歳以上の高齢化率が「50%」となると言う。これで志津川(南三陸町)が維持されるだろうか。生業を暮らしの確保をするための、政治(まつりごと)は、このままで、「しょうがい?」と言うだけで良いのだろうか。町の為と言いながら、政をする輩は、明るい未来づくりに真剣に向かっているのか。町の打ち立てた復興計画は失敗?

2011-04-24 11.14.17

こんな事を考えながら、私は赤土の大地を見ながら、将来の不安を抱かずにはいられない。

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