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2018
03/19

東松島市の首長の震災復興が私の理想


東松島市へはこれで2回目の私の視察となる。
仙石線の「のびる駅」の整備と、高台に学校・住宅・災害公営・交流会館など、海岸の被災地を一か所に集め整備をした。多くの建物は木造で、地域の産材を利用し、そこには仙台までの鉄道も走っている。こないだは多くの学生が、学業に遊びにと乗り込む姿に出逢った。その顔は笑顔に包まれていた。

東松島市の慰霊塔には天皇家の皇族や、外国からの要人も訪れ、1100数十人の御霊に低頭で慰霊を行っている映像が流れた。
「何で南三陸町は多くの復興予算をもらいながら、いまだに慰霊碑が立っていないの?」と素朴な思いが、フェイスブックに綴られていた。この方だけではなく、町民の多くもそう感じている。何も言わない被災者感情が、防災庁舎の存続・県有化により、解体が覆った事で、町民の意見は政治力によって、決定を否決・存続へとなった。

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正に国政の問題と同じ、大きな力は「私欲」「我欲」となり、国民の為の民主主義が崩壊したと、野党のみならず、与党の一部からも声が高まっている。安倍政権の支持率も色々あるが、東テレは「30.3%」と10数ポイントも下がった。政府は「時間が立てば戻る」と楽観的な観測でこれから向かう。絶対に民意が消される政治はあってならない。国民を騙し馬鹿にしている政治がまかり通っている。

土曜日の慰霊碑巡りは、2歳の我が子と共に亡くなった29歳の母の名前があった。子供が一人が津波で亡くなる事の思うと、「お母さんといっしょに!」は、救われた気もするが、決してそうではなく、残された夫と家族はどちらでも良いから生き残ってと、きっと思うだろう。亡くなった親子を思う家族の存在は大きく、もしも残れば、子どもは成長し、母はまた弟・妹を宿す事ができる。こんな所からも「命の尊さ」を感じる。

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東松島市の以前の「野蒜駅」のホームは残され、震災を伝えるスペースも整備されました。一つ残った「戸倉駅」の再生も方法も多く議論されないままに、残った線路はここ一年で総てが撤去され、気仙沼線の町民の努力の形・歴史を、どこにも遺構として残さず、先人の努力を全て消し去る、現町政の心ない政治政策に、私は多くの異論を持っている。
一時期は町の華々しい復興の元で、発展の姿には見えるだろうけど、将来的には人口減の中で、悲しい末路を辿る気がしてならない。復興特需を得た会社・人もあるが、町・民の本当の復興にはなってない。



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