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2018
01/18

町の復興はこれで先人に恥じないか


昨日は忙しい綱渡りの日だった。
議会は「活性化委員会」「全員会議」「広報委員会」と、一日に3つの特別委員会が開催された。
また、宮城県印刷組合の支部会が、気仙沼市大谷の「海洋館」で開催され、支部からの理事改選が議題として議論された。震災後に支部長・理事として、仙台の会議などに参加してきたが、理事の若返りを常々考えていた。そして今回、62歳の私から40代の支部会員に委譲を果たした。会議は11月から決定していた、支部長の私が招集権者なので、突然の3つの会議を昼前後に抜け、双方の出席を可能とした。23日の理事会も広報委員の会議で、理事会出席を断った。

会場となった大谷地区は、地区民の考えは大谷海岸を生かす復興を模索していた。国からの被災地の再建の道路・防潮堤工事の計画は、永遠と続いている「大谷地区」「大谷海岸」を無視した復興計画が立てられた。震災から6年10か月間の、復興整備がやっと決着した。
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防潮堤と道路整備を別々に整備する国の案から、海岸性の景観を崩す事無く、現状を維持した整備へと、地区住民の考えが叶った結果となった。
「9.8m」の堤防と国道の兼用整備での決着だった。印刷支部の気仙沼の方は、「砂浜が戻ってきている」と言っていた。自然の壊滅的な破壊は、自然がまた造り上げてくれていた。観光立国を描く国の政策が、町民の考えが適用となり国策の環境整備へと繋がった。

我が町の町民は「中央区問題」は地区民の異議の申し出により、町が決定をくつ替えしたが、その他の復興事業は全てが、行政主導(政府計画)で進んでいる。八幡川の橋の整備、鉄路の廃止、道の駅・祈念公園整備など、多くが町長の構想どおりに進んでいる。この方向性で町民の損失は無いと思うが、先人や震災死された方々の想いはと考えると、静かな強い者に巻かれる町民が多くなった。それが元気の無い「南三陸町」に繋がらないかと懸念する。
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