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2018
01/14

人間の生命力と医学の進歩に感謝


年末に恩人たちが相次いで倒れた。「血液障害」によるもので、気にかけながら2か月・3週間と時が経った。

仙北の中核病院としての役目を担う「石巻日赤」に入院していた二人、どんな状況かと心配し、「面会申請書」に項目を記入、受付に提出し許可証を頂き病室へ行く。
社長と呼んでいる為、正確な名前が判らず困った。「何階なのか?」も知らず病院に来たものの、知人に電話で聴き、だいたいで提出する。面会の注意書きに目を通して「チェック」を入れ、4階へのエレベーターに乗る。
日赤病院に一つ注文をしたい。網膜剥離で視力の低下から、面会申請書の書く場所は、私に取っては暗すぎる。一か所くらい証明が明るいと助かる。また、「老眼鏡」も置いておくだけで多くの人達が重宝する。

日赤は4年ぶりだろうか。糖尿からの網膜剥離で2回の入院をしているので、だいたいの病院の状況は判っているので、院内の部屋を探すのは容易かった。
親戚の叔父は入院から2か月と2週が経つ、4人部屋で「最悪の状況」を考えていたので、ベットを間違えた。「きっと顔もかわっているだろう。」との、勝手な予測からだ。聞き覚えの声が聞こえた。大分痩せたが以前と同じ姿の叔父がいた。医療の進歩は凄いと実感した。看護師の接客も以前と同じ、親切で丁寧だった。
多く人からの情報から、「くも膜下出血」ので、機能・意識・記憶の障害がこれまでにはあった。年末に聞く話に、石巻日赤病院には「脳外科」の名医がいると言う事だった。家族も早期の異変発見と迅速な治療で、現在は何の障害も無く、現在普通に生活している。

もう一人の方も、救急で南三陸病院から石巻日赤への搬送で、大事には至らなく3週間目の今は、「わざわざ申し訳ない。」と、私を気遣う事のできるまで回復していた。この病院なら、こうした町の救急体制なら、町民の命を少しでも多く町民を守れると思った。南三陸海岸ICから、100K前後の走行で「35分」で、日赤まで到着する。この事からも「命の道」としての三陸道も大きな意味を持ってくる。
これ以上町から、「佐藤町長に意見を言える人」が、居なくなることは大きな町づくりの弊害となる。「良かった。」これが私の実感です!」

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昨年出店の「ウジエスーパー」が、全国的なコンクールで「弁当」「オードブル」が優秀な成績で選ばれた。これを記念し一か月間、この二つを販売するとの事で、石巻の帰りに登米店に寄り、たぶんこの商品だろうと買いも求め、父の晩御飯とした。
突然の病気発生は防げるかも知れないが、ガンだけは別物の病気と私は思っている、親戚の方がまたしても「ガンに倒れた!」。まだ若い死に人生の儚さは突然やって来る。こうした事を受入れられるように、年と共になってきた。年を取り多くの死に直面し、手を合わせ静かに送り出すと言う事を学んだ。


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