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2017
12/19

歪の解放

現在、南三陸町では震度1~3の小さな地震が、毎日のように発生している。地震の震源の歪みが少しずつの発散だと、地震が小さくて済むが、歪の巨大化は大震災や大津波へと繋がる。今も「震度1」で昨夜は「震度3」と、少々の地震には心動じない。

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「漁師カレンダー」を気仙沼の漁業を応援する女性達が、「つばき会」として震災後に気仙沼での漁業を続けている、漁師の姿を12か月のカレンダーにまとめ、全国へと気仙沼の海の素晴らしさを伝えている。

震災前から近海・遠洋など、サンマ・かつお・まぐろ漁に向かう、船の出船を大漁旗で見送る。昔からのからの風景ながら、以前は家族が総出で父親や主人を送ったが、現在は外国人の乗組員も増え、以前のような風景は消えうせた。命を掛けた漁師の出船を、漁中の品々の積みこみの商店の女性、ホテルの女将などが「つばき会」を立ち上げ、10人前後の仲間と共に出船の見送り活動を、震災前から続けていた。

そして、今回の大震災でミ乗組員の減少や、担い手不足など、気仙沼市の漁業は厳しい状態の中にある。漁業・漁師を目指す市外からの担い手育成の活動している。震災後から漁師の素晴らしさを写真で、カレンダーに載せ、気仙沼市の漁師の勇ましさを紹介した。
震災後に漁業の被災地支援で訪れた女性は、このプロジェクトに参加し、ベテラン漁師との交流が生まれ、漁師の姿・風景をカレンターに載せた。出来上がったカレンダーを示し、添えられた彼女が書いたメッセージを読みあげ、漁師は涙した。
メッセージには「魚の刺身をこれまでは残していた私です。震災の時に漁師さんは、大切な船を守る為に命がけで沖に船を走らせた。命がけで船を守り、命がけで漁をする漁師さんの魚を、粗末にはできないと、その話を聴き知った私は、その後は刺身を残さず食べている。」と言う。
彼女はそれから気仙沼に移住し、漁師さんの姿をカメラで写真に撮り続けている。メッセージを読んで上げた後、70歳前後のお父さんは、涙が止まらなかった。漁師は「こんなの弱いんだよな、ながせんなよ、カメラ撮るな!」と目の涙をぬぐった。漁師は強さと優しさを併せ持つ、素敵な職業です。
カレンダーを被災地支援としてではなく、「商品として欲しい、素晴らしいと。」買ってくれた若者は言う。

そんな活動が南三陸町にもあるが、町では観光・商売と、ボランティアによる漁業の支援ばかりだ。心温まるこんな活動が、私の暮らした港町にはあったが、今は金儲けとしてしか感じられない。寂しい!

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