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2017
12/03

訃報・金華山沖・中央区・葱配布


朝、ブログを書いていたら携帯音、知人が「戸倉の齋藤さんの死亡看板出てます。」と連絡が入った。戸倉漁協・戸倉神社で私が若い頃からお世話になった、齋藤仲さんが逝去された。印刷業の営業など何もまだ判らない私に、優しく接してくれ「怒りの顔」など見たことも無い方だった。御冥福をお祈りいたします。5日の10時から神事にも出席する。高校の恩師で志津川地区の八幡神社の工藤先生に続き、震災後に私の神社との歴史の一部が終わった。

その後で直ぐに金花山沖の洋上から電話が来た。政治に関し指導を頂いている方からだった。「ブログ見てますよ!」と嬉しい言葉を聴く。内容は歌津地区にある泊崎の「御崎神社」の掃除をして欲しい。との事だった。松の枯れ葉が参道を覆いつくし、トイレは汚いと言う。今後の年末年始の神社への礼拝の時期を迎え、こんな姿では恥ずかしいという。これから町は「観光立町」をめざし、国内のみならず外国からの観光客も迎える中で、観光地の整備は行政の急務である。私は常々、歌津地区と志津川地区との格差が、益々拡大しつつあると思っていて、こんな所にも感じている。

同級生の母は強かった。それは昭和初期の生まれ、苦しい生活と戦争を乗り越えて来た生きざまに、その強さの秘密を知った。家族の為に全力で、直面する壁にも力の限り行き抜く母の役目、家庭を守る意地のような物を感じた。大正と昭和初期を生きた戦争を知っている人間は違っていた。豊かになればなるほど、人間はぐうたらになり、何かあると他人のせいにする。そんな今の時代が「人口減少」の最大の原因と思う。「日本を愛し他人の為に生きる」、こんな人の優しさが今日本国を創って来たのに。

昨日のネギの配布は30名余りの人達が集まってくれた。「隣の人にもイイですか」、車を引いて歩く人を気使い、「今日は仕事で居ないので、貰って行っていいですか。」と災害公営住宅の団地内の繋がりは、まだ一年も経っていないのに、少しづつコミニティーの形成がそこにはあった。「しばらくだごた。」「千葉さんだいっちゃ」など、家にいただけでは聞けない声を聴く事ができた。「長野県飯島町の宮澤さんの御蔭です。」、ありがとうございました。
今日は11時から西団地A・B棟に行きます。
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