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2017
11/22

昨日こんな事がありました


昨日はいろいろな事に驚きと悲しみ、喜びの悲喜こもごもの一日でした。

朝のチラシにお得意のお茶屋さんが、閉店のお知らせとの告知があった。トラック運転手から腰を痛め、お茶屋さんを始め20年は経過しただろうか。震災後も葬儀の献茶の販売で、地区民・町民の依頼を、急ぎの注文にも嫌な顔をせず応じてくれた。長い間お世話になりました。御苦労様!

一つ上の先輩が退院したと会社に来た。6か月の入退院は生き方と考えを変えたと言う。気仙沼市立病院での手術・入院、同じ年の身体の老いのメンテをしないと、大病に発達する。普段からの健康診断の受診なしに、長生きは出来ないようだ。

昔のゴルフ仲間の後輩女性の、沈黙からの出発の話に喜んだ。震災後に町に来たボランティアの方と、新たな特産品としての野菜の栽培を本格的に始めていた。私の所にも以前「試食品」のデザートを持って来てくれた。その自分の夢への挑戦の始まりだった。マルシェも始めたと言う。頑張れ「夢子!」。

「助けて下さいね。」、震災から家庭の為に働き続けた女性が、経営の不振にあえいでいた。家賃に追われていると言う。震災後は震災復興で多くの工事関係者と、仕事をする環境がまたあった。しかし、工事関係者は町を去り、多くの顧客が消え、市街地の整備で移転を余儀なくされた。「何でも相談して下さい。」と、出来る限り応援して行こうと決めた。

写真の我が社の「大震災慰霊塔」の後に電柱が建った。コンセプトの「慰霊塔から荒島を望む慰霊の場」が成り立たなくなった。TTKに相談すると、快く移築に応えてくれた。電話線の設置整備の電柱で、電話会社が電柱設置をしていると言う。こないだ「土地等利用承諾書」が届いた。土地の賃貸代が掲載されていた。少しでも助かる。

本浜営業所の「自動販売機」も3か月目を迎える。工事関係者の行き来する志津川市街地、商工団地内の会社前の自販機は、売り上げも無く、自販機会社を変え2台目の設置・撤去となった。営業所はまだ設置は続けられそうだ。

まだまだあったが、これ位にしておこう。今日は仙台に県印刷組合支部長会議に行く。11時45分の食事に間に合うようだと、志津川を10時半に出発すれば大丈夫だ。仙台も近くなったものだ。
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