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2017
11/01

被災地「南三陸町」はどうなって行くのだろうかなー


咋朝から朝食は「ワンフレート」にした。手作りの「レーズン入り芋サラダ」と「キャベツとキューリの漬物」に、炊き立てご飯に「のりたまふりかけ」、一杯のお茶で大満足の朝食となり、これからはこんな朝食を続けていきたい。

人の導き、偶然の遭遇とは凄い物と再確認した。
南方の「南三陸町仮設」に同級生のお母さんが入居し、一人で「難病指定」の元で暮らしていた。私も地元の物を持って行くと、それ以上の心温かい物を頂いて来た。そのお母さんも東京へ行ってしまった。
その隣に「浅井のお父さん」が暮らしていた。南方に行くと必ず寄っていて、「南三陸町の情報が欲しい。」と、我が社の情報誌と私が高台移転の情報を伝えていた。「早く帰りたい」と志津川地区の西団地東工区の場所で、また暮らしたいと常々言っていた。一昨年前に行った時は留守で、それ以降も部屋を覗いていたが、誰も居ない事が続いていた。昨日は葬儀屋に用事でいくと、次の葬儀の名前があったのが「浅井……」だった。中で集まっていた人に聞くと、山清菓房で働いていた浅井さんです。体調を崩し入退院を繰り返していたのですが。とその訃報を聞く事となった。何もできなくてすみません。何かを持って行った時、「息子の獲ったスジコ食べるなら持って行け!」と、豪快な浅井さんに触れ、奥様も「美味しい漬物やっから!」と、心優しく接してくれた。私は志津川で暮らし、浅井さんの南方の狭い仮設での暮らしと、大きな生活の差の中でも、元気で頑張っていたのに悲しい。「志津川に帰り住宅は建てたのだろうか/」と心配する。葬儀日程はまだ判らないが、必ずお別れの席に出席したい。

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今リビングには今年で三回目となる「シャコバサボテン」がピンクの花を咲かせている。静かに永眠して下さい、奥様の今後に幸多かれと祈ります。
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