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2017
10/29

心の支え


河北新報南三陸町店の「お知らせ版」が今日も入った。
震災後に町を離れたり、仮設で住んでいる方々の死亡を知るすべがなかった。私の月一回の情報では、突然の死亡の告知板を出すのは無理があった。そんな時に先輩が震災後に河北新報の販売店を引き継ぎ、「南三陸ニュースお知らせ版」で、死亡広告を発行している。
何も知らないままで、町外で亡くなる町民の訃報を告知してくれる。人知れず震災で生活の一変から、自分の生活の確保に追われ、以前共に暮らしていた住民のお通夜・葬儀の出席など、訃報を知らない、既に別な場所で暮しているなど、「寂しい悲しい現実」の中で地域住民は暮らしている。私は旧行政区「本浜町」の皆さんの告別式には、訃報を知れば出来る限り参列を続けている。
「河北新報南三陸販売所」のお知らせ版は助かっている。今回は登米市の知人が後藤さんの急逝を教えてくれ、今日の告知チラシで内容を知る事ができた。明日午前11時に「大雄寺」の葬儀に参列する。しないと登米市で暮らす後藤さんの家まで行く事は難しい。

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朝、NHKの番組で「若年性認知症(アルツハイマー)」の母を、息子・娘の家族の支えにより、母があかるく社会へ係わりを深めている姿が、紹介されていた。
母子家庭で母が二人の子供を一人前にし、少しの安心を得た矢先に、母は50代で熟年性認知症と診断された。母は仕事を辞め、家に引きこもりになった。家族でとうすれば良いかを医師に相談し、寄り添い、母の病気を周囲に理解してもらう事を始めた。息子が結婚する事となり、結婚式の食事や挨拶などの不安を解消し、結婚式で母を家族が支え無事に終えた。息子が仕事としている「ラーメン」があり、ここまでは食事を式場のスタッフの気遣いできていたが、ラーメンの食べ方が突然解らなくなった。隣の娘が「すするんだよ」と言っても理解できず、繰り返し食べ方を話す。何とか口に入れ「美味しい」とラーメンを食べられた。ここまで認知症の現実が厳しい事を知った。日常の普通の出来事ができなくなり、言葉・衣類の着方・ボトルのキャップの開け方を、突然忘れてしまう。50代後半の母の姿に、自分達を女手ひとつで育ててくれた母が、病気でこんなにも苦しみ悩む姿を見て、27歳の娘は涙ぐむ。
高齢化の波は必ず自分にも来る、今から起こるかも入知れない「認知症対策」を家族でするべきと思う。周囲に理解してもらう事で、スーパーの買い物も、レジで店員さんが袋詰めから、財布からの支払などを支援する姿に、学ぶべき事が多かった。南三陸町もこんなにも高齢者・独居老人に優しい町になって欲しいと感じたし、行政の支援活動の拡大を求めていきたい。
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