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2017
10/24

町民の為に そして自分の為に


「千葉さんよがったね!」と、私の母と同世代お母さんが突然電話をくれた。未だに佐沼で暮らす方で、登米市にいると町で何が起こっているか判らないと言う。「早く町に帰りたい!」と話していた。
「千葉さん」と同級生のお母さんも、7時過ぎの突然の電話ながら、その元気で若々しい声に驚く、震災後も店で東京の孫と、震災前の店を仮設商店で続けていた。懐かしい「やきそば」「タンメン」が私は大好きだった。こんなにも近くに新築したのに、場所を教えてもらい、何時も通っている先輩の家の裏と分かった。一人また一人と志津川地区で共に暮らしていた人たちが再建していた。お母さんは「東京に避難して居る時に、貴方の情報で帰られました。」と当時を振り返った。震災の直後で我武者羅に自分と町民の為に奔走していた。同級生の妹さんの友達が、南三陸町にボランティアに行きたいのですが。」には、家族の為にも借りた仮設を貸してあげた。両親は「倉庫が良い」と時々利用していた仮設を、ボランティアさんに使ってもらい喜ばれた。昨日も同級生と知人が来てくれ、今の生活の事を聴いた。「何でもするぞ!」と、気持ちが高まる。
朝も「これから北洋に行く、その前におめでとうが言いたかった!」と、出船前に船長の先輩が電話をくれた。観光立町ならあそこも整備をお願いしたいと言って、いざオホーツクの海に出掛けた。

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歌津地区の伊再前小学校の仮設には、人影は無かった。歌津の親友も町を離れ、今は別な場所で暮らしいている。寂しくなった。
23日今日に「当選証書伝達」が議会三階である。無競争で当選した議員が初めて一同に会する。
来月には初めての議会で議員が招集されると言う。顔合わせと委員会の委員を決定するのだろうか。
私は8年前の議会から落選しての8年間、そしてその前の4年間は戸倉地区の議員が議長を続けている。後藤議長・佐藤議長で、佐藤議長は津波で殉職した。その後、後藤議員が再選され、私が落選した後の議長は星議長だった。12年間も戸倉地区の議員が議長というのは、異常と私は思っている。

その他にも入谷地区には4人・歌津地区には5人、志津川には2人の議員がいる。戸倉地区はこれまでも5人と多いにしても、合併した「旧歌津町」の議員さんが、議長になった事は無く、ぜひ歌津地区からと念願している。

私は絶対町長派でない議長を選びたい。裏でうごめく「野望」などは、私の知らない所でこれまでもあった。騙されないよう「清き一票」を、南三陸町議会議長選を投じたい。

合併して12年にして、初めての議長が歌津地区選出の議員になって頂きたい。


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