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2017
10/18

私のネット戦略と行動での選挙


結果的には南三陸町の「議会議員選挙」は無競争で幕を閉じた。

私は過去の二度の選挙の回想を、この選挙で検証と反省の選挙と位置付けた。
一度目は何も判らないままで、ポスター貼りの役目を従業員の二人の若者にまかせた。「たかし」と「くに」にだ。従順な二人は私の期待に応えてくれたものの、聖くんは大震災で帰らぬ若者となり、我が社に務めていたら助かったかもくれないと、私にはその悔いを時々思い出す。呼び名の「くに」は、今は町を離れ隣市に移住した。
二度目の時は、当時、従業員として働いていた小澤さんが頑張ってくれ、友人の石田くんと兼田さんが快く引き受けてくれ、私の甘さから落選となり、嫌な思い仲間・友人に与えてしまった。

選挙に未熟な私は、今回は「とにかく自分で!」と、町政改革で「現職町長の継続反対」をネットでアピールした。周囲には迷惑を掛けまいと、親戚縁者・同級生には「何も告げず」、選挙に挑んだ。
17日の告示で書類審査を済ませ、選挙の七つ道具を貰い、今暮らす志津川沼田地区のポスター掲示板に、掲示番号の「8番」の真ん中に一番に貼った。次に震災後の会社をスタートさせた「戸倉地区の荒町」にポスターの掲示をした。
志津川地区から一部の戸倉地区の掲示をし、先輩が「まだ貼ってないぞ!」と入谷から電話をくれた。3時過ぎに入谷へ行き、父の晩御飯のおかずを入谷から買ってきた。しかし、全て入谷地区のポスター貼りは大変なものだった。結果的には入谷地区も残し、戸倉・歌津地区は9割を貼らずに一日が終わった。議員候補の掲示板の8番は空白のままで選挙は終わった。

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「がんばらいよ。」と車のクラクションを貰った。その間、多くの候補は選挙カーで、「……をよろしくお願いします。」と連呼を繰り返す。「見られるのが嫌だ」と選挙カーを避けるようにポスターを張った。これが自分の選挙の方法だ。ポスターを貼っている私に「千葉候補の健闘を祈ります!」の声は、私には辛く耐えられないくらいの屈辱だった。戦車には多くの支持者が乗り込み、その差は歴然としていた。しかし、私の佐藤町政への批判を理解してくれる人も多く、その声を直接伝えるには、選挙で、議会で発言する事しか方法は、私には浮かばなかった。この4年間はこの反省と「禊」で、周囲の色々な人に迷惑を掛けないよう心掛けて戦おうとしていた。
午後5時15分に「議員選無競争」との防災無線が鳴った。志津川市街地の旧本浜営業所の選挙事務所の前を、佐藤町長の戦車が「よろしくお願いします」と走り抜けて行った。

亡くなったタカシに恥じない生き方をしたい。殉職したその父との役場での議論も私は忘れない。多くの出逢った人たちに感謝しかない。一日のポスター貼りで感じ、町中を走り復興がまだまだ進んでいないと思った。
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