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2017
10/14

告示前の選挙戦から 自戒の念で


町長選の候補には頑張って貰いたい。町民の声を伝える事だけで、町民に町長選挙の選択の場を与えても、何にも被災地「南三陸町」は変わらない。理想と現実の違いは自分が肌で知っている。失う物が無いといっても、結果が物を言う。大きなうねりとなればと思うが、地域に根差している住民の思考が、大きく変わる事は無い。
しかし、「阿部寛行」候補の、NPO団体の活動がどれだけの物かが判る。「東日本大震災」にコーデネーターとしてボランティア等を5万人受入れました。」と言う実績が選挙でどれだか発揮できるかというと疑問だ。

私が選挙に関わったのは、佐藤仁候補の4期があり、その総ての対抗馬を支援してきた。震災前の「佐藤みわ」さん、合併での「及川博之」さん、この時は他に2人が立ち、大混戦での今の現職が勝利した。次に「佐藤門哉」さんで、多くの支援者で町を二分した戦いだった。選挙前には門哉候補が仁氏をリードしていたと噂を呼んだ。門哉候補は給料の40%カットを打ち出し、事務所も駅前と多くの支持を得て、この時に私も議員への立候補をした。門哉氏のパンフレット片手に町を廻った。結果は500票か1000票差で敗れた。噂では2000万円のお金が動き、建設関係者2人が容疑で捕まったが、容疑不十分で立件は出来なかった。「500人が動けば1000票が動く」「1世帯が動けば200世帯で済む」。金権選挙が悪気も無く続く、我が町の悪しき慣習があり、「渡す人間と貰う人間がいる。」寂しい限りだ。今回はというと町議・町長選挙の奥底は私には分からない。前回は歌津地区から「小野寺寛」さんが出場したが、1100票差でやぶれた。

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昨日は「南三陸マイタウン情報」を一部の地区に配布した。歌津中学校裏の団地で、素晴らしく綺麗な町並が出来ていた。震災復興住宅には「太陽光パネル」が設置されていた。志津川地区の復興住宅には無い気がする。志津川地区と歌津地区の復興スピードと商店街の格差を阿部町長候補は言う。反町長候補の票は間違いなく阿部氏に動き、その差が750票前後なら、現職の大敗だろう。「佐藤仁町政が否定」された事になる。町外から町を変えようとする「阿部寛行」候補、ガンバレ!

≪李下に冠を正さず1≫
昨日の党首討論で安倍総理から、この言葉が発せられた。これは森友・加計問題に対し、「自分の行動は疑われる事が在ってはいけない。」との意味と私はとっている。その上で自分は潔白だと言う。
国政でもこの言葉を引用し、南三陸町議会でも佐藤町長は議会の答弁で、この言葉を使い自社の「兼業禁止」の質問に答えた。首長・議員が代表を務める会社との取引は禁止され、売り上げの4割を越えてはいけない。この問題で佐藤町長は会社社長を辞め会長となった。
私も印刷会社の専務として町の印刷業を受注しているが、社長が実質の代表で「兼業禁止」には当たらないが、現在は行政の仕事に依存している。だいたい4割に近い位となっている。事業所が減少し、震災での4か月の休業で、大きな仕事先の農協と漁協と多くのお得意様を無くした。そんな中で行政の仕事は確実で、安定経営には欠かせない。しかし、「カラー化」の流れの中で、入札のカラーの仕事で受注は厳しい。現在は利益を減らしても、デザイン・仕上げを自社で、印刷は「4色機」を持つ中元の印刷会社に外注し、何とか経営を続けている。
震災後は印刷物の増加とカラー化が我が町では進んでいる。登米市・気仙沼市の印刷経費費と比べても突出している。現在は2社の見積の中で行政の仕事が、入札価格で落札されている。我が社も後継者が無く、10年の近い将来は廃業するだろう。その時には町外の印刷会社との見積競争は、町長の会社一社では厳しい争いと思う。この問題で二人の議員さんが我が社を訪れた。「色々あるけど何とか業務はやっています。」と答えた事を思い出す。
(つづく)

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