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2017
09/20

こんなに多忙でよいのだろうか


昨日は先輩の自宅での焼香の受け付けで、普段話す事の無い多くの人達と会話ができた。震災からの個々の生活に「寂しさ」を感じた。
別の方は10時からの葬儀の自宅からの葬列は、荒町地区に続く風習として、残すべき姿と思った。孫の祖父への「送る言葉」では、参列者の涙を誘った。小さい頃に祖父から教えてもらった多くの事に、「孫返し」しないままで亡くなった事を悔やむ。なんて優しい孫の成長は、祖父の普段の生活に教育があった。
現代は子供達も孫たちも、「自分で育った」かのような考えが、広く世間に蔓延している。こうした親から親へ「教え」が繋がる事で、これまで日本が地域が成り立ってきたと私は思っている。
先月の議会広報を参考にして、「陳情書」を議会に昨日多忙の中で提出をした。内容は「町内の事業所で出来る業務発注は町内事業所へ!」です。現在は議会中で来月には議員の改選がある。議会に混乱は求めておらず、一端議会事務局で預かると言う。今後どうなるか、どうしていくか推移を見て行きたい。

昨夜は知人が「会わせたい人が居る」と8時過ぎに来社した。多くの政治家のスキャンダルを暴き、政治家の乱行をあからさまにした。私にどんな事を求めて来たかは、ここでは言わないで置く。帰ったのは11時近くで、勉強になる議論となった。豊田議員の記者会見の、記者がやり取りで執拗に質問していた、誌記者のやり取りを不快に思ったのは私だけでない。まるで犯罪者扱いは行き過ぎの感が強い。
彼は町の復興や将来の事を語っていた。誰かが「義」を貫き、以前の繋がりのあり、町民輝く町にしたいと言う。多くの情報を聴くと、町の復興とこれまでの事業に多くの疑問が拡大した。「議会議員の若き後継者がいる」「林地区に慰霊碑が建てられた」「行政の不適切な海外外遊」など、知らない事を次々と語られた。震災から6年、南三陸町に住所を移し活動をしていると言う。町には大きな夢を持ち町に移り住む人が居る。この人はそんな皆さんとは一風違った町との関わりを持っていた。

今日は6時からお通夜で、友達の奥さんと別の家に焼香を付き合う。午後にはもう一軒の焼香を済ませたい。今日は「友引」ながら、私には何も関係がない。今日しかない逝去から葬儀の流れがある。午前には役場に用事がある。
友達の不幸の場合は「一緒に焼香する」が通例ながら、仲間達も町内での大事な立場にあり、なかなか皆が一緒とはいかないようだ。

昨日は「父の風邪」との診察を受け、病院にも同行した。今回の逝去の連鎖で亡くなっている方は95歳・90歳・87歳・95歳と高齢者が多い。こうした方々が志津川町を創って基礎を築いた。
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