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2017
08/13

私の家族


2014年8月に仮の家を商工団地内に建設した。そして今年の2017年7月11日に生まれ住んだ志津川町本浜町の向かいの土地に、小さな家を建設し、土地とこれまで暮らした、亡くなった家族に慰霊塔を建立し、私の千葉家の役目の最後を果たした。

私の愛した叔父叔母が8人居た。横浜の陽子さん、いそ子さん、藤沢の恵美子さん、バスの運転士だった洋一さん、父の兄の賢一さん、今年亡くなった船乗りの大和さん、そして祖租母のみつゑさん、だ。私が物心ついた時は、私の家族5人と曾祖母、祖母の子供達が4人の、10人家族が小さな家に重なるように住んでいた。現在も何とか生きていると言う、遠くの叔母たちは2人しかいなくなった。今日は平塚の叔母が子どもと孫を連れ、今年亡くなった大和叔父と、私の母に線香を手向けに来る。叔母も今回が最後の里帰りと私は感じている。

本浜の場所へは行くのか解らないが、私は胸を張り「ここの向かいに私達が暮らした家がありました。」と言いたい。叔父叔母の親しみと想い出多き、「生家はここだった。」と、従弟たちや甥姪たちにも伝えたいと私は思っている。

今日は13日で菩提寺に「初盆塔婆」を貰いに行く。その後は「ダンゴ」と盆中の「仏前料理」を準備する。昨日前に初盆の全てを準備し、明日は午前4時30分には「墓参り」に行く。人が多い時に墓地を歩くのは嫌で、誰も居ないうちに済ませるのが、ここ10年のお盆の恒例となった。
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