2017
08/02

どうなるの南三陸町


志津川さんさん商店街には町民の20%が行っていた。昨日はウジエと商店街の双方を通過してが、その姿に町が今後どうなるかと思った。被災地支援がこれまでと同様に続く事は無く、各店舗も南三陸町で生活していくのは、厳しい事は自社の経営状況からも理解できる。誰が震災復興で利益となったかというと、住宅建設関係で町内の事業所も、既にその好景気から収束へと向かっている。

また一軒商売を辞めると言う。震災後に努力し6年目を何とか迎えたが、今の町の購買の変化についていけないと言う。スーパーの出店の脅威と思う。石巻のジャスコ周辺の発展で、市街地のアーケード街が「シャッター通り」となった。駅を中心としての街づくりに、市は私立病院や産直市場を造り、人の流れで市街地の発展に努力して居る。
南三陸町はスーパーの出店対策として何をするのだろう。それが「道の駅」なのだろうが、さんさん商店街と同じ場所なら、共倒れとなり町の人の流動化はうまれない気がする。物が店内で売れないと、物が痛み、商品の低下となり益々売れない、そんな悪循環が商店再生の足かせとなる。何に町は力を入れたらいいか政策もバラバラだ。
子育て支援、給食費の無償化、高校の学習支援、公務員の報酬アップ、交流の拡大、ラムサール条約への登録など、町民にとってどんなプラスなるか。高齢者の生活向上には繋がらず、災害公営住宅生活者は、年金と預貯金を削り、将来は生活保護へと考えている人もいる。これを見ても「消滅都市」へまっ逆さまのような気がする。商工・観光や、自分の支持者の学校や公務員への、喜ぶ政策ばかりで、それを知らない人々が多く、その政策に利用されている事を知らないでいる。「自分の身は自分で守る。」、もうこの町に住む人たちはギリギリの所まできている。

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昨日は「血糖値130」でまずまずだった。栃木の従弟が「みんみん餃子」を送って来た。ある晩御飯の食事は、「餃子・ビール・ナスの煮びたし」だった。量は多い気がするが、全て貰いものである。昨夜はキュウリが実った夢を見た。
婚活の自分の活動が遂に身を結ぶまでに至った。「第一号のキッカケ作りが完了した!」、あとは二人に委ねる。震災前から続けた「婚活事業」は、自己資金で復活させ、震災後の昨年3月に活動を始め、1年3か月で成果がでた。「継続は力なり」が現実のものとなりつつある。素晴らしい二人と巡り合いに繋がり、付き合いが上手くいき、結婚・子供誕生が最終到達地点と思っている。家庭の大切さを大震災で知ったのに、南三陸町の男女は臆病になってないだろうか。勇気を出し自分の幸せは自分で作り、家族も本気であたらないと、子供達は30・40歳と婚期からどんどん離れていっている、その危機感を強く持って欲しい。俺の様な寂しい生活とならないように!
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