2017
07/31

この町で共に生きる


週末の志津川夏祭りは雨の中となった。しかし、多くのイベントは雨の中で震災後の市場で開催され、盛り上がっている事がメディアやフェイスブックで知る事ができた。ご苦労様でした。
昨日のブログのように花火は、10m嵩上げた換地の土地から、震災前の様に花火を見る事ができた。私の知る祭りは地区地区を山車が回り、花火は目の前の市場前、遠出しなくても祭りを楽しむ事ができた。今年は本浜町の自分の土地に車を置き、ユニツトから一人ビールも飲まず、夜空の花火を楽しむ事ができた。
市場会場までの道路は規制となり、志津川商店街の駐車場から徒歩で行く人、シャトルバスもあったと言うが見かけなかった。一時間の花火は会場まで1K歩く事は私には辛い。関係者は特別の駐車場もあり、もっと近くに駐車場を整備して欲しいものだ。

29日は知人のカークリーンの感謝祭のイベントがあり、プリペードが半額なので、最新型の洗車機でワックスも8年ぶりで掛け、その発停力に感動した。雨が降っている中でだ。3分と掛からずの洗車は大分楽だ。これからはここで洗車機を使おう。志津川市街地に一軒だの「カークリーン桑原」と、町内に3軒?あるコインランドリーの一つ「ラクドリーム南三陸中央店」を併設する。今日も自宅で洗濯をしたが、コインランドリーは勝手が高齢の私には手に負えない。南三陸町で再建する知人の店には、協力と支援を続けたい。大切な事業所を町に確保する為だ。

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昨日は叔父の「五七日」で亡くなって35日目にあたる。八月の「四九日」はお盆の月に入り、昨日の法要となった。「四九日と百か日法要」を済ませると、初盆となると聞いた。何も知らない私は地元の習慣を自分が経験して取得する。
叔父が眠る「千葉家」のお墓は、海の見える志津川細浦の徳性痔の高台の墓地にある。船員として機関長として40年前後を過ごした。孫にも恵まれ、43年の人生を全うした物の、もう少し孫たちと大好きな事をさせたかったし、奥様の退職を前にいろんな所への旅行なども、もっとしたかっただろうに。

人生は計算ができなく、何時一生の終わりを迎えるかも判らない。「今を大切に」「したい事はする」など、自分に正直に生きたい。自分を支えてくれる周囲の人達と!
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