2017
06/25

慰霊の場が南三陸町にあっていいのでは?


昨日も南三陸町には旅行・行楽シーズンとあり、バスで来町者を迎え防災庁舎の焼香の場まで行かず、語り部の方が団体に津波の状況を伝えていた。震災から復興へと震災の爪痕も無い町の中で、説得力に欠け、粗末な献花・焼香の場は余りにも寂しい。
戸倉経由で今の大川小学校跡地に向かった。南三陸町の戸倉地区の名勝の「神割崎」に一年ぶりで出掛けた。昼過ぎながらレストランらも、キャンプ場から出てくる車もあった。神割崎にはマイクロバスや自家用車で、入口の駐車場はいっぱいとなっていた。この後で志津川市街地の防災庁舎へも回る事と思う。

大川小学校跡地には新しい「慰霊碑」が建立されていた。慰霊・追悼の場へは100人近い人たちが、学校・遊び場・焼香台そして慰霊碑塔に手を合わせていた。団体さんは皆で祈りの言葉を送っていた。

CIMG5520.jpg

戸倉地区の高台を見上げると各箇所に団地ができ、仮設は解体され家も土地も再建が進んでいた。しかし、石巻市十三地区は高台の住宅再建は進む中で、道路整備と防潮堤そして国道嵩上げで、道路整備の為のう回路など、交通の混乱を招く状況が今となって起こっていた。
新たな観光開発で来町者集客の事業展開を進めている。外国人客の仙台から奥松島(東松島地区)から平泉までの観光バス輸送がピンチだ。年間300便以上の運行ながら、乗客が300人足らず徒いう。国の交付金も終わり、運営は岩手のバス会社が今後あたると言う。
自治体が思うように外国人や日本人の被災地観光事業は、厳しい今後に向かっていくと思う。人との交流は来町者のリピーターとして、一番必要な部分で、一人でも多くの町民が残る事で、観光客の減少数を抑え、将来の町にプラスとなる事業と私は思っている。購買を観光客に求める今のスタイルは、きっといつかは終末期を迎える。「防災教育」も他の所で大災害が発生すれば、見学場所も変化すると私は思う。南三陸町で「これを買いたい!」と思える物を、多く商品化する事で観光支援のお客様の維持へ繋がる。

CIMG5512.jpg
石巻市立大川小学校の周辺には、こんなにも綺麗な町並があった。谷地中地区の住民の多くも亡くなり、慰霊碑には子供達の名前と共に、地区民の名前が全て刻まれた慰霊碑として建立されていた。
スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:28 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP