2017
06/14

生活空間に花を


年よりの男二人の生活は余りにも寂し過ぎる。だから私は出来る限り花を飾る。家庭菜園に今は賑やかに色々な花を咲かせている。キュウリも初めて事ながら、花もまだ1か月余りなのに黄色い花を付けた。採れたてのキュウリをマヨネーズで食べたい。今から48年前のばあちゃんが居た頃、我が家の塀にはキュウリのツタが伸び、多くのキュウリがあり、摘んでは食べていた。あのブツブツのままでボリボリ、良き時代の志津川町本浜がここにあった。
夜8時過ぎに水道の出が悪く何故と思いっていると、洗濯機の回る音がし、父に尋ねると「下着変えたから洗濯している。」と言う。3枚で寄る洗濯ながら、決して認知症ではなく、しっかりしているからの行動と私は思っている。

昨日は仙台へ県の印刷組合理事会に出席した。大会社の社長さん達の中で、多くの情報は我が社の経営には薄くしか関わりないように感じる。来月に「ソフテック東北」が卸町の「サンフェスタ」で開催される。その開催にあたり役割分担が発表された。当日の来月の7日は9時には仙台に付くように行き、オープニングに参加し、会場巡回とセミナーを聴いてくる。8日は「ダイバースティー推進」の本田理事の是非と言うセミナーに、従業員を連れてセミナーを体験する。

仙台から帰って、震災前のブログの写真の整理をした。懐かしい震災前の写真がここにはあった。「懐かしい!」、市街地の風景は何も無くなった。古き良き時代を胸に、今後も新しい町で震災前の志津川町と歌津町を伝えていきたい。

昨日から始まった町議会、一般質問の今野議員の質問が、私の町の疑問に思う事と同じだった。「道の駅の設置場所」「町づくり協議会の在り方」に、トップの視点・力点が大きく加担し、商工会関係者(お友達)が主体となり町づくりに関わっている。それが「町民一丸」と言えるだろうか。だから多くの町民が町を離れている事に繋がっているのが、まだ分かっていないトップが、町の復興の先頭を続けている。人口は20年後には7千人を割り、町が消えて行く懸念ばかりが募る。私は終わる人間、最後まで町を見つめて行きたい。子供達が幸せに暮らせる町になる事を祈って!

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