2017
06/09

ふるさとの仲間の助け合い


昨日は同級生の仲間の家族の葬儀があり受付を手伝った。志津川地区の小学校から高校までの地元の同級生が、事あるごとに寄り合い手伝いをする。親戚も少なくなり地域の分散で地域の助け合いが崩れ、友達の力はどれくらい仲間にとっては役に立っている。昨年の夏の暑い時の私の母の葬儀も、火葬から最後の法事まで友達たちが同席してくれたのを思い出す。


≪九死に一生≫1
志津川消防署で津波の襲来を受け、戸倉地区の中学校の志津川湾向かいまで流され、救出された消防士が奇跡で命を取り留めた。
昨日は勝るとも劣らない「九死に一生」の話を聴く事ができた。40歳前後の彼は志津川地区の十日町で津波に流され、現在の志津川地区の中央団地の高台横断道路脇まで流された。津波と瓦礫に揉まれながら天王前から新井田地区まで命を繋いだ。国道45号の道路を一気に遡上し、磯の沢地区で津波は止まった。もう一方の流れは新井田地区の山沿いの入り江まで波は進んだ。JR気仙沼線の線路の土盛りを越え津波は収まった。今度は強い引き波で一気に海の方へ体は引き込まれて行ったものの、線路の鉄製の枠に捕まり助かったと言う。新井田地区には津波の渦が巻き発生し、渦に呑込まれ引き込まれた時に、瓦礫により頭や太ももに深い傷を負い、背骨は折れ俺身体じゅうが傷だらけとなった。線路の盛り土の所からはなかなか降りられなかった。何故なら体中の怪我と、線路の盛り土は津波で両脇が削られ、急で下りられなかった、津波の流れの伏流水?(水の渦の落下が土を削る)の為だと思われる。新井田の津波到達地点では、腕が無い人、首が無い人など数体があったと話す。そんな中を歩いて国道へ向かう時、津波の終わった後で雪が降り、急激な寒さは足への凍傷となり、瓦礫の中の釘を踏んでも痛みを感じなく、皆がいる所へと必死に歩いた。
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