2017
06/03

戸倉の町


国道45号から半年ぶりで戸倉の折立川の橋を渡り、国道398号の高台に続く道路を登り「戸倉団地」に、知人の家を探して出掛けた。南三陸町の完成した団地内で人の家を探すのは至難の技である事を常に思っている。総てが新築でみんな形は変われど同じに見えるのは私だけではないだろう。結局探しあてる事は出来なかった。
戸倉地区は平成22年3月の震災前に人口は2433人あり、大震災で23年3月には2296人までの死者を出し減少した。そして昨年末の28年12月には1573人と、860人が減少し減少率は35%にもなった。今年になり三陸道の商工団地までの開通により、戸倉地区の交通量は以前の半分にまでなった。

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戸倉小学校の跡地の折立の川向には、巨大な盛り土の山となり、その山の高さは南三陸町で随一と言うほどだった。以前に聞いた事があるが、街中の土盛りは志津川中学校の「松原公園」の野球やグランドの復旧工事や、河川堤防・祈念公園の盛り土にすると話していた。震災復興途上で残り4年余りとなり、町づくりは最終局面を迎え、その町の変化は急激となっていくだろう。
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昨夜の後輩の新築祝いは大盛り上がりだった。20年も続く気仙沼の先生と3人+1人の男同志の祝宴に、奥様2人+子供達2人の、近況を語り合う席は時間の過ぎるのを忘れさせてくれた。帯状疱疹も癒えビール・焼酎で、今朝は心地よい二日酔いで目覚めた。
最近の不安も迷いも吹き飛ばす仲間との酒の宴は、必要な場と私は思う。60歳を過ぎ途上にある仲間の、生活と家族を守る姿に一喜一憂する時間だった。この仲間とは何でも言い合える。そこには政治もなく、現在の社会問題も互いの意見をぶつかりあえる。
そして今、昨夜の失礼をメールで謝罪する。年代の近いが互いを尊重し礼儀は尽くさないと、ここまで他人が長く付き合う事はできない。私は人生に悔いなく楽しく生きている現実を過ごしています。仲間の存在は私の生きる活力になっている。
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