2017
05/23

南三陸町の今が旬の「ウニ開口」


昨夜も暑い夜だった。何ども目を覚まし汗をかきながら、朝を迎えた。今日は南三陸町の志津川地区の開口と、午後6時頃防災放送が鳴り、明朝の5時30分からの1時間のウニ漁の、短時間の勝負のウニ開口は、家族での漁や、一人で黙々と箱メガネで海底のウニを探していた。
初夏の前の南三陸の海の旬の光景があった。昨年も行った記憶があり、現在は夏の「海水浴開き」に向け、復旧工事が始まり海底の状況も手を加えられている。海底には石が積まれ、荒波から浜辺の砂の流失を防ぐ防護が講じられていた。昨年までの荒島の漁場からは大きく変わり、デベソ島周辺の漁をする船は3艘と、前年の10艘から比べても半分にも満たない、漁はどうなのかを心配する。
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人口の浜辺の修復・整備は進んでいるが、日々繰り返される自然の波の力は、人間の想像を超える事が起こる。以前あったタイルの「タコの絵」はどうなったのだろう。私は写真にしっかりと収めているが、まさか破壊したのでは? 震災の記憶はここにもある事を、後世に伝えて欲しいと思うが、私は伝えていこうと思う。

ここは許される限り海水浴期間は、海の生物と親しむ事のできる環境を造って欲しい。海の「怖さ」と「楽しさ」を海の遊びを通して知る事も、子供達にとっては必要だろう。「ウニ・アワビ」などが自然に、どんな姿で生息しているかを直接見られる環境が南三陸町にあったら、魅力的な町の名所が又ひとつ加わる気がする。
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日曜日に「防災旅行」なのか、町に学生が来て宿泊していると聞いた。泊まる場所は「民泊」「民宿」なのだろうが、受け入れの宿泊地では、生徒に大震災と津波の事を話す。この「語り部」の仕事も宿泊の必須のようだ。生の震災体験はどんなふうに生徒たちに伝わるのだろうか。

町の「観光立町」の政策は進んでいるが、町民の生活は高齢化と生活の大変さばかりが聞こえてくる。歌津地区のしおかぜ球場が、甲子園球場と同じグラウンドになったと言う。震災から10年は住民の確保と、生活環境の整備を重点に考えないといけないと私は思っている。町の財政困窮した時は、職員の給料減額や首長の報酬カットなど、そうならないように堅実財政は「ムダを無くし」今必要な「人口確保」で、消滅自治体とならない為の町の政策が必要だ。
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