2017
04/27

先人の言葉が現実に


「道路は内陸の高台の山へ」、こんな言葉を言い続けた人が居た。しかし、今はもういなく、町の復興は「三陸道」の開通で大きく変わろうとしている。津波の脅威から逃れる道がここにあると言う。
歌津への津波襲来をビデオに収め、後世に繋げようとしている人が撮影した場所へ行って来た。「歌津バイパス」「歌津大橋」は流失し、今後は死語となるだろう。それが写真の風景です。なかなか見られない被災後の伊里前の町並が、「何も無くなった」と誰しもが感じるだろう。
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歌津の商店街は観光客よりも地域に暮らす人達と、共にある店を目指していた。伊里前市街地に老舗としてある「マルエー」さんの御主人が、オープンにあたり話していた。震災後は地元を中心に、他から来た人も集まる場所を創りたい!と言う。80万人の人が前身の歌津「伊里前福幸商店街」に来て、これまで80万人を迎え、その内の22万人の方が「マルエーに来てくれた」、地域の皆さんの生活衣料を中心に、欲しい物があると「高級財布」など、お客様の要望に応え営業を続け新たな出発となった。
高台へ住居を移したお得意さんは、生活の場所が変わり、昔のように世間話しをする人が居なくなったと言う。レジの前に椅子を置き「語らえる場所」とした。以前と変わらぬ商店の経営が、地区の生まれ変わりにつながる事を祈りたい。
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オープンから5日目に今日でなる。「お客さまは来てくれているだろうか。」、南三陸町に来たら志津川地区、そして歌津地区の商店街巡りをお願いしたい。三陸道は志津川の商店街を通過せず、国道45号を北へ進み、立地的には歌津に寄りやすくなったが、歌津商店街には飲食店が一軒できたが、それだけでは「ハマーレ歌津」で、総ての食事処として来客を受け入れるのは難しいが、道路沿いには意外と多くの浸食店が点在している。

古き良き伝統を守り、若者たちの活気溢れる、歌津地区を探訪していただきたい。「田束湖」「山つつじ」など、新緑の風に吹かれて来てほしい。 
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