2017
04/22

この地に生きて


昨日は気仙沼で、突然逝去された友達の奥様のお母さんの話しを聴く。怪我から大病が見つかり余命を告知され、その告知どおりの5か月余りの死だった。昨年の後輩もそうだったが、医師の診断の緻密さに驚く。私の母は違っていた。肺炎・硬膜下血腫そして点滴により命を繋ぎ、死の淵から何度も生き返った。家族も悔いなく母を看る事でき、孫たちとも話は出来なかったが、子供達の脳裏に一生残った事と思う。

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南三陸町歌津地区の「伊里前商店街」の震災前の光景は、一生私の脳裏から消えないだろう。歌津大橋のバイパスが出来てからも、地域の住民で賑わって、メインの道路を人々が埋め尽くす姿があった。地域の結束が旧歌津町の地区にはあるようだ。今回の明日に控えた歌津伊里前商店街「ハマーレ歌津」は、住宅街は高台に移転したが、バイパスが津波で流失して事で、三陸道が歌津北に開通する2018年までは、国道沿いの商店街は賑わいを見せる事と思う。願いは何時までも店主が「高く羽ばたける事」が理想むながら、時代の流れは非情だ。

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登米市の選挙が明日の投票日を迎える。首長は一騎打ちながら、議員は26人に28人が立候補した。首長は現職の若かき市長が優勢との声を聴くが、前回・前々回と旧津山町の候補が、無競争を阻止するために立候補をする。「津山町」の過疎化の中で「我が町を誇示」するかのような、地元からの出馬に私と同じ気質を感じる。登米市には1900人以上の南三陸町の町民が移住している。今回は選挙の支援はしなかった。何故なら自分の事で精一杯だからだ。

目の前の大きな障害を、一つひとつクリアし、思い通りいかない事は、自分自身に心で整理をしている。来月の25日は広島県の福山市から友達が来る。被災者への支援がその目的だ。どこまで町民への支援の受け皿が出来るか判らないが、出来る事は続けて行きたい。
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