2017
04/17

建設的な議論を


防災システム研究所の山村武彦氏が、南三陸町に来町した2か月前に、私のブログを通し我が社に来社した。その時の話で「大震災の町の過失より、今後の復興と防災の意識改革を議論すべき」と言う、「将来に向けた建設的な話し合いが必要」と言っていた。最後まで私とは考え方に隔たりを感じた。
震災前の町の中には、各場所に到達した津波の波高の看板があった。山村氏はこの看板の津波の結果に、住民の津波意識が常に頭にあり、これ以上の津波襲来は、この場所には無いとの想いが、日々脳裏に刻まれ、避難行動に繋がっている。「到達地点の波高」の掲示板は意味がないと語っていた。
山村氏の最近の著書に「人は皆『自分だけは死なない』と思っている」に、「災害はいつかやってくる。でもまさか今日だったとは!」と、自然災害の発生と対策を何時でも心掛ける事が大切と、私は感じた。
なるほど! 防災研究の40年以上の積み重ねが、被災地の現状を聴きとった上での言葉と指摘があった。全世界・国内と被災地を調査して歩いている。「津波防災の町」と、首長は言うが津波への知識がなさすぎると感じている。観光と津波防災を一つに、町の発展を考えていた震災前の町政に問題があった。

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昨日は志津川市街地の我が社の換地場所を見て来た。さんさん商店街へは300mの場所で、BRTのバス停も隣だった。車を止めて新しく生まれ変わる町を、何時でも駐車場を考える事無く、ゆっくり町の変化と市街地の移り変わりを観察できる。
この場所を何に利用するか考えている。60坪と猫の額のような土地、この場所で60年間生きて来た「証」を残すが、今、思う事でそれが何かはまだ霧の中である。
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