2017
03/21

母と語り合いに


20日の中日にお墓に一人で行く。無口な母と供え物を食べながら、眼下の他のお墓を見ながら語り合った。午後2時頃ながら、他の多くの墓前には大部分に花が供えられていた。私だけとなってからは「お盆」にお墓を訪れるくらいで、ほとんど行かないが今年は例外である。

隣りの墓地には、母と子供達、そしておばあさんが来ていた。三世代揃ってお他参りが私には理想だった。私の墓は大雄寺の墓地の一番上ながら、ここまで7歳前後の子と、60歳代の御祖母さんが一緒に来る。こうした家族の風習が子に孫に引き継がれ、家族が形成され地域が出来て行く。この形が全て消えているのが今の我が町に垣間見える。40歳過ぎでも結婚していなく、子どもが居ない等もある。当たり前の事ができない現代社会となった。
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一昨日前に、富山から「愛の福袋」の被災者支援が来た。被災した高齢者を対象に私がお手伝いをし配布している。東災害公営住宅を中心に回り、初めての方にと飛び込みで届けた。85歳を過ぎた私の同級生の母親も、一時期仙台の親戚に御世話になっていたが、病院近くの震災復興住宅に入居した。一人暮らしながら元気、しかし、「知らない人ばかり……」と言う。「故郷で頑張りましょう」と伝えた。大津波から避難できたのは「共助」があった。それは日ごろからの近所付き合いの賜物と私は感じた。「おばちゃん乗っていばい!」と車でアリーナに逃げた。しっかりしたおばあさんで、亡くなられた旦那様の忠告を受け、避難袋を準備していた。アリーナでも食料品などを皆さんに配ったと言う。先輩から多くの事を、実践から学んだ。その後は「入谷公営住宅」「入谷仮設」にも配達した。

富山からの支援品は残り7個となり、明後日の東京から帰ってから配ろうと思う。昨日は長野から宮澤さんが電話をくれた。テレビでの南三陸町の最後のカギ渡しの報道から、「今年はどうしましょう。」だった。「まだ、高齢者の生活は大変です。」と伝え、今年もジャガイモを送って下さいと甘えた。
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