2017
02/10

三陸道と商店街の発展


「命の道」として早期の開通を進めている政府の目的は、誰の為なのかと言うと。建設業者とそれを多く利用する地域民となるが、トラックと工事関係者の走行が多いだけと私は感じる。こないだのテレビ報道でも、まだ1か月先の開通を宣伝する。
ほんとうに命の道かと言うと、「観光受入れ」「町外への利便性」と陸の孤島への道としての高速道路に感じる。水産物の物流としての道もあるだろうが、高速を使わなくても南三陸町からは、震災復興の車の渋滞が無くなれば、5分と違わない。国内の道路整備は東日本大震災の「ビックデータ」から、物流の日本全土の非常時に道路の必要性を確認したからなのだろう。
高齢者の事故が多発している中で、地方の過疎地になりつつある高齢化の町では、車無くしては生活が成りたたないがある。

新しい町には傾斜が多く、高齢者が歩いて買い物をする事は出来ない。自転車となるとまた大変である。狭い地形に包まれた南三陸町は、平坦な地域が市街地として発展したものの、3.11の大震災で「職住分離」の町の再建計画は、綺麗な整備された町ながら、高齢者が住むには厳しい町となりつつある。志津川地区を取って見れば、大きく3地区に区切った町づくりには、地域にあった商店が3地区には少なく、無いに等しい事で、高齢者の買い物の場として7月末にはスーパーが出来るが、行くまでの交通手段に今から頭を痛めている。
CIMG0760.jpg
市街地の土地の引き渡しは3月から本格化となり、来年とになるものもあるが、今年中には8割は引き渡されるが、人が住む事の出来ない工場・商店の再建にはまだまだ時間が掛かりそうだ。私の換地の引き渡しも、当初の上四半期の9月から、4月5月には引き渡し予定と、想定外の嬉しい報告が、町の復興土地整備課からあった。元気な内になんでもやっておきたいが、借金がまた膨らむ。登米市の方に「借金は財産だから」と言われたが、将来に何が起こるかも知れない人生、私の「最後の賭け」と言い聞かせた小さな事業へと、これからの大きな期待に向け邁進していきたい。
スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:18 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP