2017
01/30

大きくなった子供を見て見たい


阪神淡路大震災から22年が経ち、復興したものの復興住宅の高齢化や、家族の悲しさ寂しさがあり、その母に寄り添う一人の高校生のジキュメントを見た。

母は22年経ち年を重ねた40歳を過ぎた子供に会いたい、見てみたいと涙する。震災後に建設された亡くなられた人たちの名前が刻まれた、地下の「慰霊場」に入りその名前に触れ、「会いたい・会いたい!」と、あの時に何でと、22年前の震災は終わっていなかった。

22年間の息子にここで会える事が生きる、そんな支えとなっているように感じた。我が町はモニュメントに「死亡名簿」を納める事で、祈念公園が建設される。震災の追悼・風化防止で、家族を亡くした人たちに寄り添う事にはなっていない。知る限り亡くなった家族の名前を刻んで欲しいと、望む家族も私が知る限り少なくない
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仮設での6年余りの生活があり、現在やっと住宅の建設がある中で、災害公営住宅に入る高齢者に「認知症」の方が増えている。私の知る家庭でも5人はいるだろうか。私の母をもで知らない人達を入れれば、震災での住民の救済対策に問題は無かったのか? と政府に問いかけたい。
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