2017
01/28

仮設退去から新たな生活へ


今週はいろいろな動きを感じる週なった。「転居しました」「引っ越し中です」「津波で7回忌を迎えました」「会社の街復帰は厳しい」など、多くの来社があり祝ったり相談に乗ったりと、賑やかな日々となった。

仕事が忙しい中で、観光協会の「意見交流会」があり、予定をしていたものの、13時と午後3時を勘違いして、無駄足となった。駐車場にコカコーラの営業車、志津川市街地の低地部での新事業再建の「自販機設置」の相談をした。夜7時からは沼田地区の役員会があり、3月の総会に向けての会議だった。地区内のアパート事情も住宅再建と共に大きく変化を見せ、外国人就労者の多く住む我が地区では、いろいろな問題も発生していた。寒い夜に出掛けるのは辛く、集会所には80歳を過ぎる方も参加され、20名余りが集まり自分たちの地区の為に真剣な議論が交わされた。
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志津川地区内は昨年の夏ごろ、西地区が初めに「災害復興住宅」の入居が始まり、東地区が年明けから順次入居へと進んでいた。知人の方も5人来社し、2階と3階だったりと、当人たちは知らないままで入居していた。
写真は中央区の復興住宅で28年度末までには完成し、申請後の3か月以内には入居しないといけない。できるだけ長く仮設に居たいと言う方や、仕事の関係もあり新たな生活形成を考えていた。特別な理由があり入居延長があるものの、だいたいその辺までの仮設となるだろう。
沼田地区の隣りの東地区西工区の住宅建設が急速し、3月末までには仮設・アパート生活者は、新築の家への引っ越しで忙しくなりそうだ。

今日はホテル観洋で叔父の兄弟・知人のお祝い会がある。「酒はノンアルで!」と思っている。昨日のニユースでは、大震災で400人前後が助かった「高野会館」の瓦礫の建物に、持ち主が津波到達位置14mと看板を掲げた。個人で震災遺構に? ホテル観洋の持ち物で、町が関わり保存するのか、町が保存へと向かうのかが見えてこない。復興祈念公園・国道45号の設置整備など、高野会館を取り巻く環境は、町の復興と企業の思惑が交差しているようだ。
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