2017
01/17

スーパー・商店の再建に


3日ぶりの入浴は気持ちがいいものだった。ここ3・4日の冷気の発達により、統一入試の周末は全国で雪や凍結による事故が多発した。我が家も給湯器異常で「警報290」が点灯し、お湯の給湯ができなく、その後に流しの水もストップし、不便な生活を余儀なくされた。洗面台とトイレは水が出るのに? だった。水道業者に電話するも日曜日、「今日は休みです。」との返事だった。凍結防止のソケットが接続されてないですか。と聞き、家の裏に回るとコンセントは接続されず、指示どうりすると水は出るようになったが、やはり給湯器は「警報」が消えなかった。震災時の水道ストップした時を思えば、なんて事は無い、あの4か月前後の生活苦には及ばないだろう。
朝一で水道屋さん来て、何件か同様の電話があり朝から修理に回っていると言う。4日前からの気温の低下は土日が最高で、日曜日は「-7度」と従妹は話す。昨日の町の防災無線で「凍結防止をしましょう。」と呼びかけていた。
寒い時には温かい物をと、土曜日に歌津地区の駅裏にオープンした「ラーメン田中」に行った。家族連れや工事現場社員の方でいっぱいだった。取りあえずビール! 頼んだのは「あんかけもやしラーメン」で、身体の芯まで温まった。田中さんはオープンして1年ぐらいだろうか? 歌津地区民や作業現場の方々に重宝されている。志津川のさんさん商店街と旧歌津駅裏までは、商工団地の我が家からは同じ位の時間で行ける。気軽に入店でき、周囲に気を使う事無く、ゆっくり食事ができる。どうしても志津川商店街は、人の目が気になってしょうがない。
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今日はウジエスーパーの新店舗の起工式がある。志津川地区のスーパーとして町民から親しまれたスーパーも、3.11の第震災で全てを流失したが、店員の来客への避難誘導や従業員避難対応で、来客や従業員には死者はでなかったと聴く。
震災後は今の志津川商店街の隣りへの再建計画も、町の復興計画が決定していない事で、店舗の建設は頓挫した。入谷地区にも出店要望があったものの、費用対効果の観点から出店はしなかった。スーパーはこれまでの志津川地区での経営で、多くの利益に恵まれ、その恩返しは「早期出店」と取り組んで来た。出来る事からとバスによる「車上スーパー」を南三陸町内に走らせた。採算は別にした、以前のお客様への被災者支援があった。数千万円の赤字だろうか、顧客の確保と支援を続けてきた。今年の夏にはオープンを予定していると言う。

立地場所も志津川地区中央団地前にあり、南三陸町の丁度ど真ん中に建設される。志津川の3つの高台団地を結ぶ「高台横断道路」が28年度に整備予定なので、車でも簡単に来られる。また、車の無い方も巡回バスも停車しやすい場所で、スーパー内に「停留所」も設置されるだろう。志津川東団地からも新しい道路が整備され、住民の生活は「買い物の場」の確保が、震災の6年5か月で完成する。商品選択ができ生鮮食品が安価で買える町になる。住民の今の最大の願いがもう少しで叶う。

阪神淡路大震災から22年目を今日迎える。仮設の生活者は阪神では5年だったが、東日本では8年10年とその期間も長い。死者は「6434人」で、兵庫県では被災を体験していない人が「56%」にものぼる。阪神大震災の発生が夜で、東日本大震災が真夜中だとしたら「ゾッと!」する。
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