2017
01/13

安倍総理の野望


自分の在任中に外交と憲法改正・自衛隊の強化など、安定保守党政権下でやらなくてもいい。パールハーバー慰霊、北方領土問題、天皇陛下の退位での元号の変更など、これまでの先人の政治政策のスピードで良い気がする。
前天皇の崩御で「昭和」が終わり、今の天皇の生前退位は特別なものとして、「平成」は現天皇陛下が亡くなってからの元号変更で良い。元号が変わる事は、その時代に天皇陛下が生きていて、国民の心の支えでいた事を示し、平成天皇の生きた証とすべきと私は思う。
もっと大部分を占める国民生活に目をやり、10%に満たない、大企業の世界進出に政府がそこまで支援をしなくても、大企業は多くの知恵を持っている。
フィリピンに経済支援「1兆円」を支出する。資金提供ではなくインフラなどの整備に日本企業の参入なのだろうが、もっと自国の高齢化や少子化に目を向け、「自分の時代に社会保障の礎」「国民生活の安定」を構築したとの政治に取り組み、国民ファースト精神を発揮して欲しい。独裁政権は必ず綻びを見せ滅びる。

志津川西工区の残っていた最後の土地整備が終わり、現在は希望者へと土地の引き渡し手続きが進んでいるのだろう。震災から5年10か月は私にとっては長いと思っているが、宮城・岩手そして福島の被災者の現状を考えれば、早いのかとも感じる。しかし、現実として5年を過ぎ、ある地区では40区画の整備のうちで、土地が整備されるも18区画との引き渡しの手続きが出来ていない。被災者の意向も5年を迎えると今の生活状況や、将来への生活環境も変わり、資金の確保と家族の暮らしも予想どおりとはいかないようだ。
昨年10月の記事に、入谷と名足の災害公営住宅の空き室を、町外の定住者への入居も認めると町は決定した。残った3DLK・4DLKがあり、対象者は3人~5人と家賃も高いと言う。こうした対象の被災者が町には居ないか。住宅再建にシフトしかだろう。人口減少対策と記事は結んでいた。
志津川中央区の裏には、志津川地区の3つの高台を結ぶ「高台横断道路」が整備される。その現場を見る事ができた。今年度中の整備として急ピッチで工事が進んでいた。東地区の北工区から、旧新井田の国道45号へ下り、中央区の小学校の裏を通り、中学校下へと繋がり国道398号から、西地区と旭ヶ丘に抜ける。
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現在の志津川市街地の渋滞は、道路が一本で復旧工事のトラックの稼働があり、東地区の役場職員と工事現場への関係者の通勤による、車の渋滞が慢性化している。あと3か月でこの市街地の渋滞は、少しは改善されるだろう。

気仙沼市で三陸道が完成したのちの、国道から高速への車の流れは、「8割減」となると言う。市では町への誘導に今から取り組んでいる。我が町は商店街の整備と三陸道の開通に沸き、その弊害を改善する対策は聞こえてこない。

震災から一時避難・二次避難、仮設への入居があり、最終の公営住宅・自宅再建となるが、仮設での死亡者が1700人を数えると言う。「一日も早く安住の地!」は当時の被災地の自治体は声高にイイ、住民は我慢する。弱い住民の最低限の願いだ。国県・行政の対策は、100年に一度の災害の住民の生活確保への道は険しい。全国の建設会社の一極集中による再建は難しい問題なのだろう。日本に震災後に発生した、自然災害を考えると当然の対策だったのだろう。
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