2017
01/03

この志津川の風景は戻らない


志津川中学校は大震災で志津川地区民が大勢避難し、津波襲来を目の当たりした場所です。あれから5年10か月余り、元旦の日に現在の光景を撮影しに行くと、以前の風景写真が撮影現地に、フェンスの柵に掲示してあった。何度も訪れている場所ながら、その以前の風景に感動する。いくら世界的に有名な建築家でも、この素晴らしい風景の復元はできなく、人口の構造物で町民・来町者の南三陸町志津川地区の、良き時代の風景は蘇る事はない。人の再生再建こそが以前の町を造りだせる。これからの子供達にこれを託す事しか出来ないが、今の係る大人の造る町計画では、絶対無理だろう。そこには「我欲」が働いているからだ。IMG_1438.jpg
5年10か月を迎えても震災から、その復興途中であっても何も変わってはいない。本当の再生が終了するまで、どれだけの町民が亡くなってしまうだろう。多くの生き残った町民の為にも、一日も早く復興・再建の町を見せて上げて欲しい。復興計画の決定は関わった、自分だけの視野で復興計画が進められている気が強い。何も言わない高齢者や子ども達をイイ事に、復興内容が認められているとの勘違いの中で、5年10か月が経ってしまった。
今日も午前に父親と二人の家族会議で、将来の事を話し合う事となった。
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