2016
12/25

こんな近代的な河川修復を町民は望んでいただろうか?


国県の被災地の震災復興の元で、海・川を知らないゼネコンの利益主導の再建があり、南三陸町の海岸線や河川が、以前の風景を忘れさせるかのような、近代的な河川・護岸と生まれ変わろうとしている。
以前のように川には鮭が遡上し、ハゼ・藻くずガニ・ウナギ・あさり等が生息した、そんな志津川地区の川は壊滅してしまった。以前の河川は戻ってくるのだろうか、何年かかるのだろうか。めだか・たにし・ドジョウが住みつき、ホタルの舞う戸倉地区の小川は再生できるのだろう。その壊滅状態は大津波と同じに私は感じる。
ネイチャーセンターや自然活用センターなどの、南三陸町の水辺の環境の紹介は、人工的な物で決して自然が造りだしたものではないと私は思っている。ここまでも人間が自然に手を付けて良いものだろうか。自然が造りだした地形は、オゾン層のフロンガス・二酸化炭素での破壊で、自然界に多くの自然災害を生んだ事を忘れてはいけない。被災住民の震災復興の計画ではなく、国の力を鼓舞する意味での震災地復興のように見える。
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今日の河北新報の記事は、漁民のこれまでの復興の計画が、河川堤防の整備により土砂が海に流れ込み、自然環境の激変による影響を真剣に考え始め、海岸・河川の復興計画は正しかったのか? と疑問を投げかけている。

震災で被災者の劣悪な環境の中で、震災復興の形を論ずるには厳しい環境が、国県の主導で自治体への「復興交付金」の元で、町の再建策を国に丸投げした事と、自治体がもっと再建に町の町民の考えを、取り入れる環境を造らなかった事にある。自治体で集めた有識者の震災復興の形は、その個々の利益を反映した「町づくり会議」と私は感じていた。町の暮らしは環境とこれまでの暮らしの在り方を考慮に入れ、復興を考えるべきと思い意見を述べて来た。しかし、こんなにも大規模な河川堤防や海岸整備を想定はしなかった。

もう昔のままの河川の姿に添った、河川整備は無理で、観光客が「素晴らしい」と近代的な激変を遂げた形だけの、志津川の復興に歓喜するだろうる。「それは違う」と私は言い続けたい。
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