2016
12/10

多くの変化は行動と耳を澄まさないと

161208_115212.jpg
志津川平磯地区に出向いた時の変わりように驚いた。志津川湾の海岸線の道路の紹介を、戸倉地区をしたばかりで、今度は向かいの平磯地区を写真で伝えたい。
袖浜・平磯地区は津波で小さな集落が大きな被害を受け、被災した住民の全てが移転したと言っても過言ではない。この辺で10m位の津波で被災しない場所だけが残り、その他は近くの高台に移転して今も生活しているが、人口は随分減少した。
道路と一体として堤防機能を備えた場所や、防潮堤の背後に道路が整備される。多くの地理の関係で国土交通省が、工事区分を決定している。クネクネと曲がる海岸道路は震災復旧工事により、できる限り走りやすい道路へと変わっていた。昔を知る私には、家の合った場所や海岸線が、誰の反対も無く整備される状態が今あるからと出来ると思う。
161208_115018.jpg
津波前の同じ地区の先輩が住宅再建で困っていた。また、志津川中央区の事でだった。土地の整備の不良により、あんなにも住民を困らせ今があるのに、「何かあったら対応します。」との町とURの言葉の元に住宅再建をしていた。浄化層の埋設にあたり土地から硬岩が出たと、業者は工事が出来ないでいた。町に問い合わせると「軟岩です。」と言われ、その対応に困惑していた。今後どうなるかが心配だ。私が以前の立場なら直ぐに行政に掛け合う事ができたが、今は普通の人になっている。悲しく情けない。

高速道路の弊害が発生している。本吉町が判りやすい状態だろう。国道のバイパスができ、町の商店街はシャッター通りなり人影はなくなった。志津川インターができ、懸念されていた現実が起こっていた。入谷地区の398道路の通過車両が消え、戸倉地区でも車が減少し、コンビニ店が困っていて、今後どうするか考えているとの話しを聴いた。
現在はコンビニだけかも知れないが、我が町を考えると、国内の観光客や海外からの流入を構想しているが、構想通り行くとは限らない。過去から学べば確実性に欠ける気がする。日本の景気と世界の流れの中で、現状のままで景気が続くとは思われない。

ショッピングモールの三浦会長は言う、「前途は多難ながら一歩ずつ前に進むしかない」と。堅実性を求める人は町を去り、地元でないと商売がならない人たちは、この地にしがみ付き新たな可能性を模索し、前に進むしかない。私も同じである。「子供に自分のような苦労をさせたくない。」と親は考え、町の現状はここまで疲弊してしまった。可能性がある限り頑張るしかない。
スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:49 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP