2016
12/07

前世から学べと「君の名は」言う

自分自身の事は以前よりは考えるのはやめた。現在の社会保障で今後の給料が下がった時には、厚生年金で年間16万円、国民年金で4万円支給額が下がると言う。物価が上がってもと言うがら、高齢者の年金生活者は大変だろう。介護保険料も病院の窓口支払いも引き上げが検討されている。子ども達も親との生活を諦め、生活できる都市部へと移転している。60歳を超え大変な時代を私たち世代は生きる、「なるようになる。」ケセラセラだ。
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戸倉小学校のあった場所に行って見た。あの時から土が盛られ削られを繰り返し、現在は写真のような風景が広がる。子度たちを避難誘導した教師の「直感と機転」で、大川小学校のような悲劇を回避できた。当時の先生たちを讃えてはどうだろう。学校防災について講演して貰ったら良いと思う。
大きな仕事をした学校裏の高台と神社も、何事も無かったように今もその場所にある。自然の前世からの繰り返し今もある。こんな軌跡を生んだ場所への保存や石碑など、行政にも地域にも自分の生活が今は主体と、こうした将来へ繋ぐ活動は、南三陸町は今は皆無に近い。「君の名は」の映画は、こうした過去の出来事を後世に繋ぐ事や、出来事を記憶や奉納として、言い伝えを守っている。
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気仙沼市の津波遺構の「向洋高校」は今も津波の被災のままで保存されている。私は心配なのは町の津波被災記録は残しているか。「震災をそのままに!」の構造物は残しているのかなど、行政が震災の風化防止や将来に繋げるなどの、「津波で消滅と言われた町」をどう保存していくかが、我が町には無い気がする。震災復興交付金は新しい町づくりだけに費やされ、自分の想定外の「負の遺産」を全て消し去ろうとしているかのようだ。

町民の方が町の事業を指摘してきた。社会福祉協議会への寄付金の全世帯の募金だ。現在は「1500円」だと言う。他の自治体では「500円」「1000円」などと言う。任意の募金ながら「出さない!」ことは、他の人たちが皆出しているからと、「私は出しません!」と言えない風潮があると言う。高齢者の年金生活者の増加する町にあり、「社協」への補助金を町は増額すれは問題は無い。町の税金の財源の使い方に意義を言う人も少なくない。しかし、面と向かい指摘する人は数人だろう。
こないだも志津川IC開通式での記念写真があり、新聞を見たらテープガットの姿は、全員がしっかりポーズを取っていた。それなのに地元の代議士が頭を下げた広報の表紙は、どうなの・おかしいと思わないの、と町に指摘するのは私だけだったと言う。行政への問題の指摘は、町からの会社の圧力に成り兼ねない。それを恐れる事はもうない。そんな町民の意識が「行政への意見」が無い事は、町の改革が進まない理由だろう。

行政の提案の「報酬アップ」は、職員ならず議員も同じで、この議案は議会の賛否で接戦なから承認されている。町民が苦しんでいる中で、震災復興計画が終わるまで、何で今年の増額なのか不思議だ。町民が困っているのに自分の利益は自分が造りだす。こんな形がここ10年続いている。もう一つ、職員採用にあたり、町の試験を落ちた人が、気仙沼での職員となったり、仙台の消防の職員になったりしている。適正な町の職員の試験採用なのかも疑問に思ってきた。

町で起こっている事を人から聞き、何とかそれを行政にぶつけていきたい。
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