2016
12/03

町の水産業を守ろう


高齢化や跡継ぎ問題など南三陸町の水産業従事者の数が減少している。商店が営業出来る根本に、生鮮魚介類の確保がある中での、この現実に対策を講じないと、将来への町経済への影響を懸念する。
林業は「三陸産材」のブランド化に成功し、住宅建設ラッシュによる、需要の拡大があるので林業の安定を感じている。しかし、大震災や東京五輪の需要の拡大の好景気が何処まで続き、町への経済・税収の安定を生むかと言うと、10年と言うキーワードが大きく関係する。人口が1万人を切り、日本の好景気が終わる頃となと、その時に町経済はどうなっているかだ。

昨日は南三陸町志津川の「牡蠣処理場」に、長野のネギと広島「愛の福袋」を届けに行った。11時ごろなら仕事も落ち着いているだろうと思ったが、作業は既に終わっていたので、関係者の方に渡してきた。今日は南三陸牡蠣の消費者の方々が「炊き出し」に来てくれると言う。震災を通し「生産者と消費者」の繋がりが蜜になっていた。
しかし、世間の話で生産者の高齢化があり。「頑張る漁業」の終了により、漁業の場から引退された方が多数いると聞いた。今後の町の漁業の縮小は衰退へと繋がらないか心配だ。これまでは当然のごとく家督が漁業を継ぐ時代から、子供達の生き方を尊重する時代の変換期が、20年以前から始まり、私の同級生も牡蠣生産者の中心だった、父の仕事から離れ、両親も「私で終わり」と言う話に寂しさを覚えた事を思い出す。間違いなくこうした状況が今後も続き、志津川の伝統水産業の衰退を予感する。
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「辛い」「苦しい」「寒い」など、多くの厳しい環境に子供を携わらせるのは、親として進められないがある。また、苦労する割には収入に恵まれないなど、牡蠣水産業がある。「牡蠣剥きの自動化」が出来ない現実の中で、昔ながらの手作業での生産がある。

その生産者の一人の知人の母が亡くなり、今日の葬儀だと言う。大雄寺に参列したいと思っている。
町の行く末に不安ばかりが町民に圧し掛かり、希望も夢も復興へ向かう中で厳しい未来が待っている。年を取っても静かに心配する事無くこの町「南三陸町」で生き続ける事の難しさは、日本全体の問題でもある。
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