2016
11/29

人の住まない市街地づくりが6年目と近づく


志津川中学校仮設に行った時に撮影した現風景です。向かいの高層団地は志津川西区の「災害公営住宅」で、既に入居が始まっている。こことて空き室が、住民の希望数で整備されながら、総てが埋まっている訳でも無い気がする。その隣は前々町長時代に整備された「旭が丘団地」で200世帯の人が入れ替わりながらも、志津川地区の住民が暮らしている。私は今回の災害で初めに逃げた場所がここで、私の同級生も新しく「終の棲家」として、また一人と加わった。
以前の市街地は祈念公園が整備され、農地として圃場が進んでいる。その他にも人の住めない商店街が誕生する。駅も無くなり賑わいの場所は、人の住めない以前の市街地となる。立派な巨大な河川堤防は町のライフラインを守ると言う。高齢化の中で町から離れられない、どこらも行けない町民の数だけが今後増していく。新たな生活スタイルは、生活・買い物弱者の救済を考慮した、行政の対策が必要となる。現在は、健康確保を進め医療費と介護費の増加を抑制するために、町の政策が実行されている。町職員の増加へと繋がっている感じだ。
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震災後に知人が住んでいた中学校仮設の1号棟には、今は誰も住んでいない。50数カ所の仮設は現在集約が進み、6月にはだいたいの住民は新しい住家へ移転する。諸々の事情で移転出来ない被災者の為に、その後一年間の猶予を町は設定している。

ASKA、信じていたのに、自ら110番したと言う。盗撮・盗聴・死への願望など、覚せい剤の影響なのか? 誰かに頼りたいが「警視庁」だったのか。あまりにも悲し過ぎる。一人では生きられない現実がここにあった。
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