2016
11/27

ウソ―!」

私よりも10歳は若い、今後の漁業を担う盛年が亡くなっていた。震災で被災し両親を亡くし、家族で多くの困難を回避しながら頑張っていた。そして今、多くの悲しみの中で新しい生活へと、何とか前に進む姿に涙した。
「スソー」は、私があの大津波が町を呑込んだ光景を見た時と同じ言葉で、その衝撃を表すのにこれしかなった。なんでこんなにも不幸が重なるのだろうか。神様は何を家族に与えるのだろう。残された家族をこれからは暖かく守ってくれ! 「お願いだから。」
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昨日は午後2時からの「第2種船舶免許更新」に気仙沼の市場三階に行った。屋上からの気仙沼湾は天候に恵まれ、向かいの大島と碧い海が広がっていた。漁船が船体を休め、向かいの造船所では大きな新造船が造られていた。震災の3.11から何日か、この湾は火の海と化した。2000人を超える市民が亡くなり、あれから5年9か月を迎えようとしているが、被災地気仙沼市は広大な市街地が被災し、一歩ずつ復興へ進んでいるのだろうが、その道はまだまだ遠い先だ。そんな中で命の道と言われる「三陸道」だけが、順調以上のスピートで北へと建設が進んでいた。
震災を利用した政府のゼネコクへの仕事のばらまきのように見える。高齢化が進み生活困窮者の救済と、地方の都市を守るには何をするべきかを、本質で考えた政策を講じて欲しい。三陸道はどれだけ消滅都市・過疎地を守ってくれるだろうか。観光立国というが、日本の地方都市の維持をしていけるだろうか疑問だ。世界の日本の景気は今後どこまで進むと言うのか。
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我が町の河川の工事を見ると、河川堤防の必要性は判るものの、川を大きくせき止めたり、長期に渡る工期が鮭の遡上に大きな問題を発生させている気がする。八幡川・水戸辺川・水尻川は、町の川サケ漁の中心であり、孵化目的の採取では欠かせない。鮭は自分の川へ戻る習性があり、鮭の遡上が少ないのは復興工事に寄る問題がある。清水浜・折立などの河川堤防の巨大工事も必要はない。気仙沼市の大川は以前の護岸のままで復興工事をしている。
気仙沼市は小泉川・大川の鮭遡上の復興工事には、鮭遡上は妨害する物はなく、震災後の放流も順調で、今年も捕獲・採卵は順調と言う。我が町は震災時に放流したが、近隣の鮭ふ化場からの稚魚を調達し、放流を行った経緯がある。その影響は無かったのか?
現在は鮭の確保は目標の2割にも満たないと言う。刺し網や定置網の網揚げを希望している。漁民の生活もあり無理には出来ないだろう。工事方法の気仙沼の違いは、海の状況と鮭の遡上のメカニズムを知らない、商人の考えがあり、もっと漁民と懇談を重ねた復興工事を行うべきと思う。
鮭の遡上をしない鮭の採卵・放流による回帰率を調べ、来年からどうすべきかを漁民と商人で将来に向けた議論を、今から始まった方が良い、結果の出る対策をだ。。鮭の確保に寄る全国的に有名になった「キラキラ丼」の、継続を確実な物にしていく為にも、利益よりも自然の維持に力を注ぐべきと思う。被災地「南三陸町」の復興計画には多くの失敗を感じる。


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